エマーソン弦楽四重奏団 ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106, B.192ほか(2008.12-2009.12録音)

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

「抒情小曲集」小景異情その二
福永武彦編「室生犀星詩集」(新潮文庫)P17-18

アメリカ滞在中のドヴォルザークはホームシックにかかったらしい。
当時の作品は、いずれも傑作の名にふさわしいものが並ぶ。
おそらく苦難の状況であるがゆえの楽想の飛来というのか、こういう場合、大きなスランプに陥るか、それとも人後に落ちない逸品が次々に生み出されるか、いずれかだろう。

ドヴォルジャークはアメリカ滞在中に浮かんださまざまな楽想をノートいっぱいに書き留めており、それらを交響曲《新世界より》や弦楽四重奏曲第12番《アメリカ》、ヴァイオリンとピアノのための《ソナティーナ》などの主題を構想するために用いた。ただしそのノートにはまだ未使用の楽想も多く残されていた。たとえば8つの《フモレスカ》はそれらの楽想を主要な題材とした作品で、作曲された「場」こそ帰省中のヴィソカーであったが、その源泉はアメリカの地で集めたメロディにあったといえよう。8月に入り、そうしたアメリカで書き始めたスケッチ・ブックからの素材をいくつか使い果たすようにして、ドヴォルジャークは《フモレスカ》(作品101)という題でよく知られるピアノのための8つの曲を1894年8月7日から27日の間に書き上げた。
内藤久子「作曲家◎人と作品シリーズ ドヴォルジャーク」(音楽之友社)P145-146

中で、第7番変ト長調は、いわゆる「ユモレスク」として夙に有名な音楽だ。

アメリカへの2度目の訪問はまさにドヴォルジャークにとって、とにかくひとつの不幸な体験となった。帰省して再びヴィソカーでの喜びを味わったドヴォルジャークは、このアメリカ再訪をとおして自暴自棄になり、かつまたホームシックさえ感じるようになっていた。じつはこのとき、彼は一人の子どもを除き、みなを故郷に残してきており、おそらく精神的な心労が重なった結果、ふつうの良好な健康状態を保つことが困難になったのであろう。
~同上書P146

人間の想念というのは面白い。
光よりも早くどこにでも届く。それこそ縦横無尽にだ。

エマーソン弦楽四重奏団がドヴォルザークの後期の作品群を録音したセットは「旧世界—新世界」と題される。それこそ故郷ボヘミアと新天地アメリカとを往来するドヴォルザークの顕在意識と介在意識が交わるところに創造された傑作群を、実に巧みに、思い入れたっぷりに歌い上げる見事なアルバムだ。

旧世界―新世界
ドヴォルザーク:
・弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品51 (B.92)
・弦楽四重奏曲第11番ハ長調作品61 (B.121)
・弦楽五重奏曲変ホ長調作品97「アメリカ」 (B.180)
・「糸杉」B.152(全12曲)
・弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106 (B.192)
・弦楽四重奏曲第14番変イ長調作品105 (B.193)
パウル・ノイバウアー(ヴィオラ)
エマーソン弦楽四重奏団(2008.12-2009.12録音)

僕はドヴォルザークを決して得意としなかった・
しかし、これら晩年の、ドヴォルザークの深刻な(?)心情が刻まれた音楽たちには妙にシンパシーを覚える。

1895年に作曲された第13番と第14番は、ボヘミア帰国後の作品。
朗々たる音調、そして喜びに満ち溢れ、ドヴォルザークらしい美しい旋律に富む音楽は、巨匠最後の室内楽作品に相応しい逸品たち。
ここでのエマーソン弦楽四重奏団の演奏は、力まず、ただただ作曲家の内なる安心と安寧を体現せんとした、しかし推進力に溢れるもの(第13番第1楽章アレグロ・モデラートのコーダの弾けんばかりの愉悦!)。そして、第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポの、いわばホームシックから覚醒した天才の夢想と希望の象徴。(果して彼はどれだけ嬉しかったのだろう)
(アメリカへの感謝と懐古の念が刻印されているように聴こえるところがまた素晴らしい)
(すべての体験は覚醒のための材料であることがわかる)

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