芸術とは、負の美学、なり

50年前の、シャルル・ミュンシュが単独来日し、日本フィルを振った映像を観て、あの頃の日本のオーケストラの技術というのは既に相当なレベルに達していたんだということを再確認した。いや、というより、オーケストラ芸術というのはやっぱりリーダーとしての指揮者の解釈が絶対的なもので、そのリーダーの「アイデンティティ」がそのまま投影され、途轍もない名演奏になるんだということを思い知った(一方で、どうしようもない凡演になることもあるということだけれど)。すなわち、同じ人間であってもその時の体調や気分や、そんなことに当然左右される。それでもこの頃のミュンシュというのはおそらく音楽家人生の絶頂期にあっただろうことが容易に想像され、かつての名指揮者の多くが日本の土を踏まなかった中で、本当に素晴らしい音楽を日本の人々に提供してくれたんだと、当時まだ生を得ていない僕の中にも何だか「感謝」と「感激」が渦巻く。

それほどにこの「幻想交響曲」は壮絶な名演奏だ。
19世紀前半の、ショパンやリストやパガニーニがまだまだ現役で活躍していた当時のパリの人々を吃驚させた作品の初演は、言ってみれば1960年代最後の年のポピュラー音楽界を震撼させたキング・クリムゾンレッド・ツェッペリン登場の衝撃に近いものがあるのかも。

ベルリオーズ:幻想交響曲作品14
シャルル・ミュンシュ指揮日本フィルハーモニー交響楽団(1962.12.28Live)

「病的な感受性と、激しい想像力を持った若い芸術家が、恋の悩みから絶望してアヘン自殺を図る。しかし服用量が少な過ぎて死には至らず、奇怪な一連の幻想を見る。その中に恋する女性は、一つの旋律として現れる」

そもそも、26歳の作曲家がシェイクスピア女優であったハリエット・スミッソンへの恋熱とふられてしまったショックと絶望を題材に書いたという「幻想交響曲」の成立事情からして怪しげな空気を醸す。
ほとんどストーカー行為に近い、あるいは殺人などという不穏なイメージをも喚起するこの作品は、エドガー・アラン・ポーの怪奇な世界にも相通じ、巡り巡ってドビュッシーの幻想世界にも影響を及ぼす。
そして、そのことは20世紀のアンダーグラウンド・ロックの詩の世界にもつながってゆくのだ。なるほど、ドビュッシーは新しい音楽の扉を開いたイノベーター。そして、彼の音楽があってこそ現代のポピュラー音楽が存在し得るんだということをあらためて知る。

音楽的革新の原点はベルリオーズ(ベルリオーズはベートーヴェンを神のように崇めた。ということはすべてはベートーヴェンから始まるのか・・・)、すなわち「狂気」ということだ。
芸術とは、負の美学、なり。

 

 


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2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>すなわち「狂気」ということだ。

まあ、岡本さんや私も典型的なヲタク→マニア→つまりれっきとした「きちがい」なわけでして・・・(笑)。

・・・・・・マニアの語源はギリシャ語で狂気(madness)のことであり、自身の趣味の対象において、周囲の目をも気にしないようなところもある事から、「~狂(きょう)」と訳され、ほぼ同義のものとされる。同様の表現としては「○○バカ」に代表されるバカも挙げられる。なお、英語でマニア(Mania:正確な発音は「メイニア」)とは、熱狂、熱狂の対象あるいは精神疾患の1つである躁病を意味する言葉であり、日本語で言うところのマニアに該当する言葉にはマニアック(Maniac)のほか、エンスージアスト(Enthusiast。日本語でもエンスーなどと略して使用される)などが挙げられる。また、日本ではマニアやオタクとほぼ同義に用いられているフリークス(Freaks)という言葉は、英語では「奇人・中毒者」などの意味を持つ。・・・・・・ウィキペディア 「マニア」より

・・・英語でマニア(Mania)とは、熱狂、熱狂の対象あるいは精神疾患の1つである躁病を意味する言葉・・・、つまりマニアとは、じつはネクラなどではなくネアカだったのです!!!

『狂気=マニア』とは、けっして「負」などではなく、『狂気=マニア』こそが生きるための原動力、「正」なのです!!! 

つまり我々は『精神正常者たち』!!!

さらに言えば、常軌を逸したマニアックな追究をする人たちのブレイクスルーや探究心こそが1960〜70年代前半にかけて人類を月まで到達させ、日本の高度成長を支え、プログレ作品が咲き誇る文化的土壌になっていたのです。根っこは同じなのです。

☆座右に置く愛視聴盤
「電子立国 日本の自叙伝」 DVD- BOX 全6枚セット
http://www.amazon.co.jp/NHK%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E9%9B%BB%E5%AD%90%E7%AB%8B%E5%9B%BD-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%87%AA%E5%8F%99%E4%BC%9D-DVD–%E5%85%A86%E6%9E%9A%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88/dp/B001OGTX6G/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1341005556&sr=1-1

この傑作ドキュメンタリー作品に出てくるようなマニアックな研究者、開発者たちがいなければ、今日我々が享受しているオーディオもTVもCDもDVDもBDも世になかったわけで・・・。

※ミュンシュのDVD、ご覧いただきましてありがとうございます。
あのころの東京文化会館は凄いです。
私の生まれた年には、このミュンシュ&日フィル、岡本さんが生まれた年にはクリュイタンス&パリ音楽院管と、
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4098020
歴史に残る「幻想」の超名演が続いたのですね。両方の実演に接することが出来た人も、きっと大勢いるのでしょうね。羨ましい限りですね。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>『狂気=マニア』とは、けっして「負」などではなく、『狂気=マニア』こそが生きるための原動力、「正」なのです!!! 
>つまり我々は『精神正常者たち』!!!
>根っこは同じなのです。

なるほど!!!
僕たちの方が正しいんですね(笑)。

>この傑作ドキュメンタリー作品に出てくるようなマニアックな研究者、開発者たち

いや、それにしても相変わらず図書館のように次々と出てきますね。勉強になります。

お陰様でお借りしておりましたDVD全部を観終りました。長い間ありがとうございます。近いうちに返送させていただく予定です。

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