ボストリッジの「冬の旅」

イアン・ボストリッジの表現力というのは並大抵でない。一流の俳優が対抗しても敵わないんじゃないかと思わせるほどの迫真に満ちた演技力!
第11回早わかりクラシック音楽入門講座の中で、シューベルトの「冬の旅」を鑑賞した。息詰まるような物語の流れと、主人公の内面の劇的な吐露を耳にして、果たしてこういう音楽を入門者の方々に紹介して良いものなのか・・・(笑)、そして本当に理解していただけるのかと少々不安になった。
「暗い」というのは前提でご紹介するわけだし、31年というあまりに短い人生の最晩年にシューベルトが行き着いた孤高の境地ということもあり、ここまで10回という(長い人は第1期からのお付き合いなので、そうなると22回目ということになる)僕のどちらかというとマニアックな講義についてきていただいているわけなので、そのあたりは何とかなるだろうと買い被っていた。それにしても終了直後の皆さんの疲れたような(?)お顔を拝見すると何とも表現し難かった・・・。

僕自身は今日の講座であらたな「何か」をつかめた気がする。
なるほど、この曲集は確かに失恋による痛手からの絶望と逃避、死への憧れがテーマになっているが、単に暗鬱としたネガティブな作品でないことがよくわかった。正直、途中はどうしようもない「落胆」に襲われるが、終了後の清々しさといったら・・・。そういう感情になったことがそのことを如実に証明する。

やっぱり「冬の旅」というのは生への肯定なのだと僕には思われる。いや、肯定も否定もない。生まれてからこの方、経験してきたこと全てを受け容れ、どんなことにも意味があると伝え、ありのまま自然体に生きることの大切さに気づくさすらい人。

第20曲「道しるべ」まではどうしようもない絶望的な歌に思えるが、第21曲「宿」を経、第22曲「勇気を!」で主人公はようやく「意識を外に置く」ことに気づく。

「神が地上にいないのなら、僕たち自身が神になろう!」

第23曲「幻の太陽」では、「暗闇の方が僕にはずっと快いだろう」と彼はひねくれるが、これは「闇を肯定することによる光への絶対的信頼」を表すのである。最後のひとつの太陽は決してなくなることはないのだから・・・。最後は誰も君を見捨てはしないよ、と。
極めつけは第24曲「辻音楽師」!主人公は辻音楽師に自分の姿を被せる。あまりに客観的に・・・。そして「ありのまま」にライアーを回す辻音楽師に「真実」を見出すのだ。
これまで体験してきた悦びも苦悩もすべて受け容れただそこで「等身大の自分でいる」ことの大切さと喜びを感じる・・・。もはや「悟り」の世界。
やっぱりシューベルトが31歳で亡くならざる得なかった理由がよくわかった。

シューベルト:歌曲集「冬の旅」D911
イアン・ボストリッジ(テノール)
ジュリアス・ドレイク(ピアノ)
デヴィッド・オールデン(演出)
※日本語字幕付

入門者向けの講座で「冬の旅」を紹介できたことは結果的には良かったと思う。
普通であれば、なかなかこの音楽に出逢うことはないだろう。
最初はちんぷんかんぷんでも、西洋古典音楽の中にはこういう、200年にわたって聴き継がれている作品があるんだということを知るだけでも大いに意味がある。こんなに「暗い」作品がどうして残っているのか?そこには「真実」があるから、ただそれだけ。
(それにしてもジュリアス・ドレイクの伴奏が抜群の上手さ!これを聴くだけでも価値あり!)


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