色即是空、空即是色

破壊と創造とが表裏一体だとするなら、闘争と調和もひとつであると考える。
ベートーヴェンがこんなことを言ったか定かでないが、少なくともそういう思いはあったのでは。
カール・リヒターの「ブランデンブルク協奏曲」について記した時にも書いたが、♯(シャープ)系が競争、♭(フラット)系が調和を表し、バッハがそれらを混在させて考えたことを参考にするなら、ベートーヴェンが頻繁に使った調性、変ホ長調(♯3つ)とハ短調(♭3つ)は一括りにして考えても良いということになる。
しかし、この際、フリーメイスンのことを持ち出すのは止そう(3というのがフリーメイスンを表す重要な数字であることにはとりあえず言及しておくけれど)。とはいえ、晩年、インド哲学に嵌ったといわれるベートーヴェンの思想が、例えば「傑作の森」後期あたりの作品群に如実に表れていそうであることを知るにつけ、この人はやっぱり「悟り」を得ていたという結論に達さざるを得ない。あくまで僕個人の感想としてだが。

ちなみに、「ハイリゲンシュタットの遺書」以降、中期の作品の中で上記に該当するもの。

・ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37(1803)
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1804)
・「コリオラン」序曲作品62(ハ短調)(1807)
・交響曲第5番ハ短調作品67(1808)
・ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調作品70-2(1808)
・ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」(1809)
・弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品74「ハープ」(1809)
・ピアノ、合唱、オーケストラのための幻想曲ハ短調作品80(1808)
・ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調作品81a「告別」(1810)
・オラトリオ「オリーヴ山上のキリスト」作品85(変ホ長調)(1804)

何と作品番号をもつものだけでも錚々たる楽曲が並ぶ。「調和(ハ短調)」が4曲、「競争(変ホ長調)」が6曲(音調のイメージからすると変ホ長調がいかにも「調和」で、ハ短調が「競争」のように感じられるが、先のバッハの例に準えるならそういうことになる)。真に傑作揃い。

今宵は、ピアノ、合唱、オーケストラのための幻想曲ハ短調作品80、いわゆる「合唱幻想曲」を。20数年前、クレンペラーの「荘厳ミサ曲」の名盤をCDで購入した際、この作品がカップリングされており、その時に初めて聴いて驚いた。何という珍しい構成の音楽で、しかも主題の旋律はほとんど第9の「歓喜の歌」のようではないかと。それに、クレンペラーとバレンボイムの協演するあまりに重厚な表現が僕の心を捕えて離さなかった。

ベートーヴェン:ピアノ、合唱、オーケストラのための幻想曲ハ短調作品80
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
ジョン・オールディス合唱団
オットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア合唱団(1967.11録音)

音の不思議、はたらいて、
言葉の神聖、語られしとき、
栄光は形づくられ、
夜と嵐は光とならん。
外なる静寂、内なる至福が
幸なるものを支配する。
もって芸術の春の太陽は
その両者から光を生じさせる。
心に迫り来る偉大なるもの
かくて新たに美しく、高みに向けて花開き、
精神は高揚し、
あらゆる精神の合唱が絶えずそれらに唱和する。
(訳詞:平野昭)

歌詞の内容を確認していよいよ確信が深まる。
ベートーヴェンは単なる「人」ではなかった。色即是空、空即是色。最晩年のソナタやカルテットの世界が透明なのは、彼がすでにその時「空(くう)」の境地にあったことを示すのか。
今こそベートーヴェンを。

今日も1日長かった。やっと解放された・・・、そんな感じ。


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください