モデスト・ムソルグスキーの頭の中は凡人には到底理解できないだろう。19世紀半ば、農奴解放以降の混乱期という背景も手伝ってか、この時期には多様な文化的ジャンルでいわば「天才」が生れ出た。僕の勝手な印象だけれど、ムソルグスキーの場合ロシアの土俗的なイディオムを使用しながらロシア的なものを放棄し、汎世界的な創造物により後にも先にも存在しない独自の路線を築き上げようとした(もちろん本人にはそんな自覚はないだろうけれど)が、志半ばにして斃れた。そして、世間は一部のよくわかった人々を例外にして彼に真っ当な評価を与えなかった。そのことが結果的に彼が精神を病む要因になったことは否めないが、少なくとも百数十年を経た現在においても至る所で採り上げられることを考えると、ムソルグスキーが音楽史に残した役割、価値というのは計り知れないものがある(とはいえ、彼の作品で採り上げられるのはごく一部のもので、もっと舞台にかけられても良いように僕は思う)。
20世紀に入ってのセルゲイ・クーセヴィツキーの依頼による組曲「展覧会の絵」のモーリス・ラヴェルの編曲作業の意味は大変に大きい。これによってそれまでまったく埋もれてしまっていた傑作が世界中のオーケストラのレパートリーになってゆくのだから。あの華麗でかつ洒落たオーケストレーションはまさにラヴェルの力量あってのもの。実演ではもちろんのこと、音盤で聴いても(それが誰のどんな演奏であっても)相応に感動を呼び起こされる。真に優れた仕事だとあらためて感心させられる。
タワーレコードのヴィンテージ・コレクションでストコフスキー編曲のムソルグスキー作品をナッセンが指揮した音盤を聴いた。感じたこと。僕はレオポルド・ストコフスキーの音楽についてはほとんどきちんと聴いてこなかったので云々する資格がないのだけれど、彼の仕事もラヴェル同様、いや、ひょっとするとラヴェル以上にすごいものだったんじゃないかと。もう少し真面目に聴いてみようと本気で思った(昔聴いたチャイコフスキーの第5交響曲の晩年の録音で信じられないような大幅なカットにがっかりしたことがずっと尾を引いていたのかも)。
「展覧会の絵」においてストコフスキーはフランス的に過ぎるという理由で「テュイルリーの庭」及び「リモージュの市場」をカットしているが、この行為についてはどうなのだろう?そもそもムソルグスキーという作曲家自身がロシアというローカルな枠内には収まり切らない大きさを持つと僕は考える。然るにこの作品はラヴェルのいかにもフランス風の管弦楽法を受け容れた。ストコフスキーはムソルグスキーのロシア的魂を、真実の言葉を抉り出そうとインターナショナルなものをあえて排除しようと試みたのだろうけれど、僕の耳にはやっぱりラヴェルの方が一枚も二枚も上手のように思えてならない(EL&Pの「展覧会」も最高だ。ロック音楽にまで昇華しうる内容をもつマスターピースなのだから)。
ちなみに、僕が思うに、ストコフスキーのアレンジの真骨頂は「ボリス」組曲と「ホヴァンシチナ」前奏曲だ。そもそもこれらのオペラ作品こそがロシア人モデストの「心の声」なのである。
僕はようやくストコフスキーの真価に目覚めつつある。
「理解が深まった」という視点でもう一度「展覧会の絵」を聴いて思った。
なるほど、ラヴェル版は洗練され過ぎているという見方もあるか・・・。いや、それにしても「ビドロ」はいかにも軽い気がする(もう少し重心が低くても良いのでは)。
こんばんは。 ヤマザキです。ストコフスキーの「展覧会の絵」は出だしのプロムナードがラヴェルのトランペットではなくヴァイオリンなのがまず目立つところですが、私が好きなのはビドロです。ナッセンの演奏は聴いたことがないのですがストコフスキーの演奏(編曲)はスピードが速く勢いがあります。ちなみにストコフスキーのチャイコ5番はカットが多く最終楽章の最後も変にカットされていて、その点は原曲の方が良いと思います。(といいながらいつのまにかストコだけで7種類のチャイコ5番を集めてしまいました)「展覧会の絵」はELPも良いですが、手塚治虫のアニメに使われた冨田勲のシンセサイザーではないオーケストラ編曲版がDVDで聴けますがこれもなかなか面白いです。
>ヤマザキ様
ストコフスキーの演奏はデッカの録音でしか聴いたことがないですが、ロシア的でこれはこれでいいですよね。
ナッセンのもおすすめです。
しかし、7種もチャイ5があるんですか!いずれも例のカットありバージョンなんですか?
僕はやっぱりこれは意味不明ですね(笑)。
冨田のシンセサイザー版は僕も持っておりますが、オーケストラ版は知りませんでした。
ヤマザキさんおすすめなら観てみようと思います。
ありがとうございます。
[…] て贈ってくれたもの(間違っても自分では買わない・・・笑)。 これを聴いて先日の「展覧会の絵」のことを考えた。ストコフスキーはムソルグスキーのこの組曲をオーケストラ・アレ […]