ザンデルリンク&ケルン放送響による「田園」交響曲!

橋口さんとやりとりをしていて、ベートーヴェンは西洋音楽史の「ゼロ地点」だと思った。ベートーヴェンの前にも後にも偉大な音楽家は数多あるけれど、結局のところ前にも後ろにもベートーヴェンの影あり、自ずと楽聖に収斂されてゆく。前はベートーヴェンが在るためにあり、後ろはベートーヴェンによって創られた。彼の音楽を享受すればするほどその想いを強くする。性格の異なる9つのシンフォニーをみてもそう、ピアノ・ソナタだってクヮルテットだってそうだ。ひとつひとつに革新があり、確信がある。しかもその革新は決して恣意的なものではなく、彼の内側に必然的に起こったものだろうと想像される。

そして、僕は思う。
ベートーヴェンの交響曲のちょうど真ん中に位置する(出版時に第6番となったが、初演時は第5番と謳われていた)「田園」交響曲こそが最高傑作であり、「ゼロ・ポイント」なのではないかと。奇しくもそこにおいてベートーヴェンは自然や宇宙を描いた。人間も登場するが、彼らは決して傲慢ではない。地球上で最も高度な生き物だと考え、支配しようとする人々ではないのだ。村人の踊りはお祭だ。そこに迫る嵐や雷は浄化だ。最後に人々はすべてへの感謝を忘れない。祈りとともにひとつになる。そこにはまさに「調和」が存在する。
そういえば「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」宮澤賢治が愛聴したのも「田園」だ(プフィッツナー指揮のSP盤)。彼の詩にも「真実」がある。

僕がこの曲のフルトヴェングラー盤を推すのには理由がある。上記のことをおそらく「わかって」体現しているから。実演ではよりデモーニッシュな側面が強調されるけれど、少なくともウィーン・フィルとのあのスタジオ録音においては「無」しかない。

だいぶ前、NHK-FMを聴いていて、その意味でのフルトヴェングラーに匹敵する、いやことによるとそれ以上かもしれないと驚愕した「田園」交響曲に出逢った。思わず硬直した。それがクルト・ザンデルリンクによる実況録音。

・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
・ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102
トーマス・ツェートマイアー(ヴァイオリン)
アントニオ・メネセス(チェロ)
クルト・ザンデルリンク指揮ケルン放送交響楽団(1985.10Live)
・ベートーヴェン:合唱幻想曲ハ短調作品80(ロシア語歌唱)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
ロシア国立アカデミー合唱団
クルト・ザンデルリンク指揮モスクワ放送交響楽団(1952.2.23Live)

基本的なテンポ設定は遅い。悠揚たる歩調で沈思黙考する楽聖の姿が思い浮かぶ。
ザンデルリンクのこのライブ盤を聴いて思い至った。ベートーヴェンが第3楽章から第5楽章までを連続で演奏させたことは史上初めてのことであり、革新のひとつに数えられるが、それこそ必然だったのでないか。つまり、人々の自然讃歌たる踊りがあり、その後の自然の怒りも祝福であり、自然と人々が一体化する祈りを表現するのにその方法は当然だったということだ。「すべてはひとつでつながっている」ということを表現する手段のひとつとしてそういう方法をとったということ。それが実に見事に決まる。ザンデルリンクの演奏に一切の恣意は感じられない。

ところで、このセットにはボーナス・トラックとしてリヒテルを独奏に迎えた1952年の「合唱幻想曲」ライブが収録されている。第9交響曲の思想(音楽的にも)へとつながる萌芽がこの作品に見ることができるが、そういえばこの音楽、「田園」交響曲とほぼ時を同じくして生み出されている。とすると、「田園」交響曲のスケッチが始まった1807年末から「合唱幻想曲」が一気に書かれた1808年12月までの1年間にベートーヴェンの内面に大きな変化があったのだろうか。ひょっとすると1802年の「ハイリゲンシュタットの遺書」直後にひらめきが訪れ、ちょうどこの頃に「悟り」を開いたのかも。真に「傑作の森」のクライマックス。


8 COMMENTS

ふみ

そこまで素晴らしい田園なんですね、一度聴いてみたいです。
しかし、ザンデルリンクも亡くなりましたが偉大な指揮者でしたね。彼の本か何かでマズアを名指しで批判したり、ムラヴィンスキーに命を救われたなんて話が書いてあり、非常に興味深かった思い出があります。

返信する
岡本 浩和

>ふみ君
いやこれがすごいんです。
朝比奈&新日フィルを聴いたときもぶっ飛びましたが(実演も聴いているけど、CDにも十分に入っています)、その時同様の衝撃が走ったほど。今度会ったとき貸します。

>マズアを名指しで批判したり、ムラヴィンスキーに命を救われたなんて話

へぇ、それは知らなかった。興味深い。

返信する
Judy

「田園」交響曲こそが最高傑作であり、「ゼロ・ポイント」なのではないかと、、、。Beethovenの田園や運命などもう聴き飽きたワイ、、、と取り合わない人の多い中、岡本さんの音楽に対する態度の真摯さに感動しました。あ、初めてお便りしますが今年に入ってからBlogを拝見してます。先日のHelene Grimaudには特に救われました。あのあとGirmaudの記事は勿論、本も読んで今や朝から晩までGrimaud一色で至福の時を過ごしています。今後も岡本さんのBlogを楽しみにしています。ありがとうございました。

返信する
岡本 浩和

>Judy様
1月にも確かコメントをいただいてましたね。
ありがとうございます。
グリモーは本当に素晴らしいと思います。グリモー一色ですか!(笑)
喜んでいただけて良かったです。
今後ともよろしくお願いいたします。

返信する
Judy

1月にもコメント書いていたなんて覚えていないのでショックです。認めたくないけどボケはじめたのかも。かくなる上はますます音楽におすがりせねば!コンブリオ様、よろしくお願いします。

返信する
ふみ

おぉ、ありがとうございます!是非、聴かせて頂きます。そもそもザンデルリンク大好き人間なので、楽しみにしております。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む