朝比奈&実相寺のブルックナー選集

久しぶりに朝比奈隆の指揮姿を観た。
20数年前、新日本フィルハーモニーとのベートーヴェン・ツィクルスを皮切りに御大はブラームス・ツィクルスにも挑み、そしてその後のブルックナー選集に続く。いずれも実相寺昭雄監督によって映像として残され、今ではDVDでその全貌を知ることができる。
当時はまだ朝比奈人気は晩年のチケット争奪戦を繰り広げる彼の様相にまで至っておらず、意外に楽に券がとれたと記憶する。幸いにも僕はそのすべてを実際にこの目で確かめることができた。あの時代の、あの時の空気感まで含めて鮮明に記憶の中に残る。朝比奈先生は例えばベートーヴェン全集は合計7種もリリースしているし、東京でもツィクルスは3回開催され、そのすべてをやはり体感しているけれど、1988年末から89年春にかけて行われた新日本フィルとのものが少なくとも僕が聴き得た古今東西の指揮者のモノの中でも随一だと思う。とにかく80代前半のマエストロは心身ともに最も充実していたのだろう。指揮姿、音楽、すべてから生気が漲る最高のパフォーマンスを追想できることに感謝したい。

1992年から93年にかけてのブルックナー選集。
特典映像として実相寺監督の60分に及ぶインタビューが収められている。
朝比奈&新日本フィルとのこの仕事はベートーヴェンの第9交響曲からスタートしているが、回を増すごとにカメラワークを含め収録の腕が上がっていったのだとか(その意味でベートーヴェン全集は心残りがあるらしい)。
しかしながら、そんなことを差し引いても、これらの映像作品はどれもが素晴らしい。
ベートーヴェン・ツィクルスも大阪フィルとのものが後年2度撮られ、こちらもDVDで残されているが、不要なディゾルブが多用されたり、忙しないカメラワークでいずれもが興醒め。そのことによっていかに実相寺監督の思考が音楽的で天才的腕前とセンスを持たれていたかがよくわかる。

朝比奈&実相寺作品の、次元のまったく異なる世界が現出し、単にベートーヴェンやブラームス、あるいはブルックナーの音楽を聴くという行為以上の、まるで崇高な儀式のような映像は、当日の実演を体験するのとはまた違った感動を観る者に与えてくれる。

ブルックナー交響曲選集
・交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ハース版)(1992.5.13Live)
・交響曲第5番変ロ長調(ハース版)(1992.9.2Live)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
実相寺昭雄(映像演出)

この頃の朝比奈先生の音楽には不思議な色気がある。豊饒な音楽が常に鳴る。
年を追うごとに音楽はより研ぎ澄まされ、不要なものが排除され、孤高の境地に至るのは確かなのだが、音楽を味わうという意味において朝比奈芸術はこの時期のものがもっとも濃厚なのでは。峻厳な、まるで悟りを開くかのような最晩年のブルックナーは真に素晴らしい。その音楽にも直接触れることができたことは「幸せ」という一語では表現するのが惜しい何かを含むが、それ以上に僕は90年代初頭の朝比奈芸術(それも新日本フィルとの一連の)を推す。
「ロマンティック」終楽章コーダの最後で朝比奈先生の瞬間微笑む姿が捉えられる。いかにも「でかした!」と楽員を褒めるかのような清々しい笑みだ。
そして、白タキシードに身を包んだ朝比奈御大とオーケストラが奏でる最高峰第5交響曲は、何と言ってもコーダに向かって解放されゆくフィナーレが素晴らしい。それにしてもホルンの千葉馨氏はじめ懐かしい面々が大勢・・・。

ところで、当日のプログラムには「ブルックナー考談」というタイトルで金子建志氏との対談が掲載されている。

金子:5月定期の「4番」は、2日間演奏したうちの初日を聞いたのですが、ちょっと固いような印象を受けました。
朝比奈:同じ曲目で2日間演奏すると、どこのオーケストラでもたいてい2日目の方が良い演奏になりますね。こんなことを言うと初日のお客様に怒られますが(笑)、初日は、正確に、過ちのないように、という気持ちが強くなりますから、棒のほうも監視するような感じになる。2日目は、曲が流れていく安心感がありますから、音楽としては柔らかくなるし、プレーヤーも固くならない。「4番」のホルンなんて、難物ですからね。でも、これが滑らかに出ると、次の弦楽器もスムーズにいく。これは上手下手というより、慣れですから。

朝比奈先生らしいぶっちゃけ話である(笑)。ちなみに、僕は2日目の方(5/16オーチャードホール)を聴いているのでラッキーだったということでしょうか・・・。

※今となっては映像の解像度が低いことが残念。いずれリマスタリングされてBlu-rayとして復活することを切に願う。


4 COMMENTS

ふみ

自分でも言い飽きましたが、朝比奈尊師の実演に触れられなかったのが本当に本当に悔やまれます。岡本さんにいくらヴァントのブル9が凄かったと言われようと、僕は朝比奈尊師を聴けた岡本さんに惹かれます(笑)

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岡本 浩和

>ふみ君
うーん、まぁ、生まれた時代がたまたま合っていたというだけなんだよね、その意味では。
ふみ君にも体験させてあげたかったと心底思います。
しかし僕に惹かれても困るんだけど・・・(笑)

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