ニコラーエワのバッハ「フランス組曲」

ウォシャウスキー×トム・ティクヴァ監督作「クラウド・アトラス」を観た
いかにも壮大な、縦糸と横糸が織り成すあっという間の3時間。宇宙の歴史から見ると人間の物語などほんの一瞬の出来事で、6つの異なる人生が同時に語られ、ひとつの方向に収斂してゆく。この数百年の歴史ですら一握りの時間に過ぎない。人というのは結局同じ過ちを繰り返し、その中で進化成長を遂げてゆくのだという、輪廻転生とカルマ解消がテーマであり、やっぱりそれを超えるのは大変に困難であることを説く。それほどに「エゴ」というのはキリスト教でいう原罪であり、人類創世の時代からの大いなる主題であるということだ。

バッハの音楽はもちろんキリスト教を抜きにして語ることはできない。敬虔な信仰心に溢れ、しかも現実の3次元世界でその時代の誰よりも優秀に生きたバッハは真の天才である。これほどのバランスはどこから生まれたのか?(しかし、そういうバッハもとどのつまりはカルマを超えることはできなかったろう)

例えば、彼の作品は数学的にみても緻密な計算が施され、それが単なる左脳レベルの浅いものでなく、森羅万象すべてを包括する偉大なるものとおそらく相似形を成すという意味で、これはもう神様の手によって「作らされている」としか思えないものがほとんど。昨日の無伴奏チェロ組曲然り、あるいは無伴奏ヴァイオリン曲もそう。フランス組曲やイギリス組曲というクラヴィーア曲もそうだ、どういうわけかすべて6曲で一組であることが興味深い。うん、「クラウド・アトラス」を鑑賞して少々こじつけてみると、6という数字が神聖な数字、意味のある数字のように思えてならない。

ところで、バッハ作品の聴きどころは、やはりそのポリフォニーの手法にある。
まさに多声が、それぞれの旋律を独自に奏でながら見事に他の声部と連関し、ひとつの楽曲として垂直にも平行にも完璧に成立するところが他の作曲家にはない特別なところなのである。
それこそ輪廻転生の具現化か・・・。

タチアナ・ニコラーエワを聴いた。

J.S.バッハ:
・イギリス組曲第1番イ長調BWV806
・イギリス組曲第4番ヘ長調BWV809(以上1965録音)
・フランス組曲第1番ニ短調BWV812
・フランス組曲第2番ハ短調BWV813
・フランス組曲第3番ロ短調BWV814
・フランス組曲第4番変ホ長調BWV815
・フランス組曲第5番ト長調BWV816
・フランス組曲第6番ホ長調WV817(以上1984録音)
タチアナ・ニコラーエワ(ピアノ)
※廃盤

僕はニコラーエワのフランス組曲を特別に好む。
ここには人間の弱さも強さも存在する。いや、というより人間の生き様をニコラーエワが見事に表現し切っているということ。
変ホ長調組曲の冒頭アルマンドの極めつけの美しさ。ト長調のアルマンドの憂い・・・。
バッハは「何か」をみて、あるいは偉大な「何か」に気づいて音楽を作っていたのだと思う。しかしながら、彼でさえ超えることはできなかった。そういう人間っぽいところがまたバッハの音楽の素敵なところ。


4 COMMENTS

ふみ

ニコラーエワのバッハ、これこそ真髄。ショスタコーヴィチが深く感銘を受けたバッハでしたね。

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みどり

バッハと数字に関してですが、よく知られている話とはいえ、こちらの
記事が簡潔でしょうか。
http://equal-system.com/archives/50186672.html

随分と昔、NHKで芥川也寸志さんとどなたかだったと思うのですが
「バッハと14という数字の意味」について対談されていて、興味深く聞き
入りました。
因みに、バッハ自身を象徴する数字として、14の他に「41」もあります。
「33」はキリストが処刑された年齢として象徴されるようです。

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岡本 浩和

>みどり様
興味深いサイトのご紹介ありがとうございます。
そう、バッハを理解する上で(バルトークも同じく)数字の理解って大事ですよね。
NHKの芥川氏の対談も面白そうですね。聞いてみたかったです。

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