Tokyo String Quartet Final Japan Tour

500席の室内楽専用ホールが文字通り満席。聴衆の相変わらずのフライング気味の拍手が気になったが、最高のひと時だった。最近の僕は、どんなホールでも必ずと言っていいほど舞台下手か上手上方に位置する2階席をとる。結果、楽器の動きが手に取るようにわかり、音楽の細かいところまでが目に見えるようになる。今宵のコンサートは上手側の演奏者の真上。「四重奏曲」というものの真髄がこれまで以上に理解できたように思う。

まずはハイドン。交響曲とともに弦楽四重奏曲の形を完成させたのはハイドンその人である。自信と確信に満ちたこの響きこそ晩年の作曲家の「態」をそのまま表すよう。上手上方からの俯瞰による収穫は第1ヴァイオリンとチェロが基本的に旋律を受け持ち、第2ヴァイオリンとヴィオラが内声を司ることが明らかに「見えた」こと。これこそいわゆる古典派音楽の原型。各楽器はそれぞれの役割をあくまで全うする。徹するのである。そのことがひとつの「美」というものの完成形を披露する。何と柔らかい音、そして何と澄んだ響き。

続くコダーイの第2四重奏曲では、それぞれの楽器が独立して音楽を奏する。モチーフによって役割が変遷する。そして、古典派においてはどちらかというと伴奏楽器であったチェロがここでは主役に抜擢される。何と朗々たる深い音色。おそらくマジャールの民謡であろう歌謡的旋律が突如姿を現し、聴衆の意識を転化するあたりはバルトーク同様。そういえば、バルトークの第2四重奏曲とコダーイのこの四重奏曲はほぼ同時期に生み出された双生児ということらしい。しかし、ある意味コダーイは革新的だ。何とベートーヴェンが作品111のソナタで行き着いた2楽章制を踏襲、しかも、この2つが相反しつつ大きく見るとひとつである点から考えると、コダーイもベートーヴェンに倣ったのではと思いたくなる。

東京クヮルテット2013年日本公演
2013年5月17日(金)19:00
横浜フィリアホール
・ハイドン:弦楽四重奏曲第81番ト長調作品77-1
・コダーイ:弦楽四重奏曲第2番作品10
休憩
・ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131
~アンコール
・モーツァルト:弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499「ホフマイスター」~第2楽章メヌエット、アレグレット

20分の休憩を挟んで今夜の白眉。演奏者を感じさせないあまりに自然体のベートーヴェンは「音楽」そのものである。何と凝縮された小宇宙よ。思わず震えた。
前半同様上手上方から俯瞰して気がついたこと。4つの楽器それぞれが完全に独立していながら完璧にひとつになっていること(その点ではコダーイ同様)。高弦から低弦に旋律が順次移行してゆく第1楽章冒頭は、上から眺めると「音が時計回りの弧を描く」。いや、厳密に言うと「8」の字、すなわち「∞」が描かれる。「やっぱり」と確信した。この7つのパートを持つ音楽を創造している瞬間ベートーヴェンの意識は完全に宇宙と同化していたのだと(無限!!)。それが第5楽章スケルツォ風の音楽の弦のピツィカートのところでは今度は「音が反時計回りの弧を描く」のである。まさに天に向かっての「波」の上昇。

この音楽は普通でないと僕は昔から思っていた。ハイドンの作品から20数年後、しかもコダーイの作品が生まれる100年近く前にベートーヴェンはすべてを先取りしてすでに実行していた。否、先取りどころではない。後にも先にもこんな音楽は存在しない。後世の音楽家が弦楽四重奏曲というジャンルによくも手を染められたものだと感心するほど挑戦的(というよりぶっ飛んでいる・・・笑)。果たしてこの音楽を当時の人々は受容し得たのか?現代だって正しく理解できている人がどれだけいるのか?真に深い、「答のない問い」のよう。
弦楽四重奏曲はやっぱり500席くらいのホールで聴くのが最適。その音の美しさに酔い痴れた。本当に素晴らしかった。
ところで、池田菊衛氏の「ベートーヴェンのこの大曲の後に奏することのできる音楽なんてないのだけれど、別の意味で天才であるモーツァルトの作品を」という短いMCの後の「ホフマイスター」四重奏曲からのメヌエットはまさに最後に相応しい「調和」の体現。完璧。

※会場で偶然熊谷さんと遭遇した。終演後一献。楽しいひと時でした。ありがとうございました。

 

 


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8 COMMENTS

くまがい

岡本さん熊谷です。
昨日はこちらこそありがとうございました。face bookからも連絡いただきました。
お気を使っていただきすみません。しかし昨日はよかったですね。東京カルテットが有名な
のがよくわかりました。楽器も皆ストラディですか?やわらかい素敵な音で技術も完ぺき。
このカルテットはオケに例えるとベルリンフィルかウイーンフィルですね。
しかしあのコンサートのあとこのブログ書いたのですか??!!天才なのでは?
またよろしくお願いします。

返信する
岡本 浩和

>くまがい様
FBでもよろしくお願いします。
素晴らしかったですね。ベルリン・フィルというのもよくわかります・・・。

>天才なのでは?

いやいや、止してください!!(笑)
凡人でございます。

返信する
岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] 今はもうない東京クヮルテットの最後のツアーにおけるベートーヴェンは本当に素晴らしかった。楽聖晩年の純白の音世界が一切無駄なく、完璧なアンサンブルで表現されたあの夜。温かかった。 あれからすでに3年近くが経過する。 時間は命であり、命は時間だ。 消えては現れ、現れては消えゆく(時間の芸術である)音楽の儚さは、人生の儚さと等しい。 しかし、その儚さゆえに音楽は美しい。 燃え盛れ、炎を天上まで上げて・・・。そして、静かに消えよ。 最晩年のベートーヴェンの音楽には人間離れした情熱と、神の如くの真空の静けさがある。こんなものを享受せずして人生を終えることなど考えられぬ。 […]

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