ワーグナー生誕200年の日にフルトヴェングラーのマイスタージンガーを聴く

何という開放。
何という陶酔。
フルトヴェングラーによる戦時中のバイロイト音楽祭実況盤を聴きながら、祖国はいずれの戦線においても敗北を喫していたのにもかかわらず、この地に集まる人々の異様なテンションが感じられ、まるで指揮者とオーケストラが「魂」に火を点け、ドイツ国民が一丸となって敵と戦うことを鼓舞するかの如くの音楽がつい聴こえる。果たして現実はどうだったのか、それはわからないが、こういうものを耳にすると政治と音楽とはそもそも別であるといいながら、結局のところ十分に連関するものだと思えてとても興味深い。
それはそうだ。祝祭劇場の中ではこうやって音楽が奏でられ、歌手陣がワーグナーの生み出した「言葉」を音にするものの、外では恐るべき戦火が交わされているのだから。
この音の裏側にはヒトラーがあり、ナチスがあり・・・、そう思うと何とも不思議な気持ちになる。

ましてヒトラーが利用した終幕最後のザックスのドイツ芸術を讃える歌。それに呼応する民衆の叫び・・・、この部分を思うだけで、時代も国も異なる現代の僕たちの精神すら自ずと昂揚するのだからワーグナーの音楽の力、あるいは毒というものにひれ伏さざるを得ない。

ドイツ国民も国も瓦解し、西方の外国の力に屈する時、諸侯はいずれも民意を解せず、外国のつまらぬがらくたをドイツの国土に植え付ける。
真にドイツ的なものが、ドイツのマイスターたちの名誉の中に生きなければ、誰もそれを知らなくなってしまう。それゆえ私は申します。
あなたがたのドイツのマイスターたちを尊敬してください。そうすれば―けだかき精神を確保できるのです。
あなたがたがマイスターたちの働きを敬愛すれば、神聖ローマ帝国はもやの如く消え去り、聖なるドイツの芸術が、我らの手に残るでしょう。
(渡辺 護訳)

生誕200年の当日にリヒャルト・ワーグナーを聴く。
とても全曲は無理。昔、どういうわけかどうしても聴き通せなかったフルトヴェングラー盤の第3幕だけを聴いた。ちょうど70年前のもの。大変な波動、そして、ものすごいエネルギー。

ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
ヤーロ・プロハスカ(バリトン、ザックス)
ヨーゼフ・グラインドル(バス、ポーグナー)
オイゲン・フックス(バリトン、ベックメッサー)
マックス・ローレンツ(テノール、シュトルツィング)
マリア・ミュラー(ソプラノ、エヴァ)
カルミラ・カラープ(メゾソプラノ、マグダレーネ)ほか
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭合唱団&管弦楽団(1943.8Live)

作り物でない、本物が鳴り響く。
現実と空想が錯綜し、どこからどこが本当で、何から何が空事なのかいつの間にか見当がつかなくなる。フルトヴェングラーの魔術、否、というより当時のドイツ国が持っていた空気(それも魔の空気)までもが見事に記録される。

1941年の「ワーグナーの場合」という論文で、フルトヴェングラーはワーグナーとニーチェとの関係を軸に彼の音楽を論じているのだが、ここで彼はニーチェが「ワーグナーの音楽は病的(デカダン)だ」と断罪する箇所に疑問を投げかける。ニーチェはワーグナーが「作家」であったことを忘れていると。そして、さらにこのことに反論するに、単にワーグナー音楽が「健康的」であることを証明するだけでは不足だとも(なぜなら例えば「マイスタージンガー」などはもとより健康的な作品だからと)。例によって芳賀檀氏の最高に(?)わかりにくい翻訳を相手に思考しているので、フルトヴェングラーの本意がいまひとつつかみにくいのだけれど、こういう文章を読むと、第三帝国でのフルトヴェングラーの音楽行為は決して政治とは切り離されたものではなく、無意識であろうが作為的なものだったのではと疑わざるを得ない。語弊のある言い方だけれど、たまたまドイツが負けたから戦後裁判にかけられただけであって、もし逆の立場だったらどうだったのだろう・・・。

こんな風に書くと、僕が右翼傾向の思想の持ち主なのかと疑われる向きもあろうが、いつの時代においても、自国を憂え、自国に再起を促す考えはあって然るべきだと僕は考える(もちろんグローバリズムという前提で)。特に今の日本には・・・。
この辺りのことはまたゆっくり考えることにしよう。どちらにせよ、このバイロイトの記録は大変に素晴らしい唯一無二のもの。

 


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