ハンス・ロットの交響曲第1番

後期ロマン派といわれる「時期」の音楽の力点は最後の楽章に置かれるのか(ロマン派に限らないかもだけれど・・・)。
そういえば、ブラームスもブルックナーもマーラーもそんなよう。もちろんワーグナーだってそうだ。彼らの影に隠れ、というかほとんど認知されないまま夭折したハンス・ロットの第1交響曲の終楽章を聴きながらそんなことを考えた。あまりに美しい第1楽章の主題、そう、まるでヴィクター・ヤング楽団の「エデンの東」テーマ音楽とそっくりの旋律が、冒頭、弱音で奏でられ、お決まりの如くクレッシェンドにより頂点を築く提示部の恍惚と、終楽章の終結部でこの主題が高らかに再現される部分のカタルシス。こういう音楽の連鎖、回帰に僕はことのほか感動を覚える。フィナーレだけで22分超という、少々冗長な感は否めないもののこの音楽には後に大成した同級生作曲家(グスタフ・マーラーのこと)に畏怖を感じさせた「天才」が垣間見える。

ロットの生涯は決して幸福とはいえない。そもそも私生児として生まれ、5歳にしてようやく認知された。しかし、14歳の時には母を亡くし(享年32)、その4年後には父親も亡くし(享年69)、天涯孤独の身となる。ウィーン音楽院ではマーラーやフーゴー・ヴォルフと机を並べ、オルガンをアントン・ブルックナーに師事するなど将来を嘱望される逸材だった。しかし、決して精神的に強いとはいえない彼は、自身の第1交響曲をブラームスにコテンパンに否定され、さらにはハンス・リヒターに初演してもらおうと働きかけるもののこれも頓挫、結局完全に自信を喪失し、精神衰弱に陥った挙句、自殺未遂。ロベルト・シューマンと同じく療養の後26歳で亡くなってしまう。

あの時代、彼のような音楽は一種「魔物」のような扱いだったのか?
これにはロットがワーグナーに心酔したという事情もある。彼は第1回のバイロイト音楽祭に詣で、「指環」ツィクルスに触れているが、成功とはいえなかったこの舞台に対してどんな印象を持ったのか興味深いところ。少なくとも彼の音楽を聴く限りにおいて間違いなくワーグナーの影響下にあるので相当に感激したのだろうが・・・。おそらくワーグナーの場合も「奇天烈」なものとして相当批判を浴びたのだと推測するが、いずれも「自我」が前面に出過ぎ、保守層には受け容れ難かったのだろう。
ちなみに僕は、ワーグナーもロットも、あるいはマーラーも根っからのエゴイストだったと想像する。強いて言うなら、ワーグナーは躁的エゴイストで、一方それに感化されたロットは鬱的エゴイストだったのではと。

ハンス・ロット:
・交響曲第1番ホ長調(1878-1880)
・管弦楽のための前奏曲ホ長調(1876)
・「ジュリアス・シーザー」への前奏曲(1877)
セバスティアン・ヴァイグレ指揮ミュンヘン放送管弦楽団(2003.12.4,5,7&2004.1.7録音)

第1交響曲は名曲だ。繰り返し聴くたびに発見がある。第3楽章スケルツォがマーラーの第1交響曲の規範になったことは有名な話なのでここでは言及を避ける。それより「ジュリアス・シーザー」前奏曲においてチャイコフスキーのピアノ協奏曲に似た旋律が現れることに僕は興味を抱く(チャイコフスキーのこの作品は1874年から75年にかけての作曲なのでこちらの方が先)。他人の空似?

精神的な強さとは?
僕の経験から幼少時のストローク、つまり「受け容れ」に左右されるもので、メンタル的にもフィジカル的にも正しく深い「受け容れ」を得ていたらば精神的に弱くなることはないと断言できる。では、大人になってから精神面を鍛えるにはどうするのか?まずはその原因となる事実を究明し、認識、受容すること。その上で、現在の人間関係において正しいストロークをやり取りする訓練をすること。時間を要するが・・・。

 


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