カルロス・クライバーの「椿姫」を聴いて思ふ

どうして僕はこれほどまでにクラシック音楽にはまったのだろう?
何がそれほどまでに僕の心を捕えるのか?
少し考えてみた。旋律の美しさ、リズムによる心身の鼓舞など、音楽を愛好する人たちなら当然の要素に惚れ込んだということはもちろんある。しかし、30年以上の歴史を振り返ってみて思うのは、その「構成力」というものが僕のツボの第一であるということだ。すなわち「全体観」、「統一感」ということである。

現存する、数百年という歴史を超えて聴き継がれる名曲というのはいずれもこの「統一感」に優れる。大作曲家のほとんどは、プライベートは横においてもいざ仕事となるとこの「全体観」、「統一感」に長ける。数分の短い曲にせよ、数時間にも及ぶ大曲にせよ、とにかくまるですべてが見えた上で書かれているという点がすごい。これはもう「尊敬」などという軽々しい言葉で表せるものではない。

いわゆる音楽家の最大の才能はそこにある。これはほとんど人間の為せる業ではないと。きっと誰か、「偉大なる何か」に書かされているのだろうと。例えば、人口に膾炙した名曲、クラシック音楽通でなくても絶対にあの旋律は知っているだろうベートーヴェンの第5交響曲。あの単純なモチーフを、旋律とも言い難い単純な動機を、第1楽章はもちろんのこと、全楽章に通底させ、見事に展開させた完璧なる構成。ああいうものは何度聴いても飽きることがない。それどころか、繰り返し何度聴いてもやっぱりすごい曲だといつも思える。

ちなみに、この「全体観」という意味において最大の作曲家は誰か?
これはもう間違いなく(少なくとも僕の中では)リヒャルト・ワーグナーその人だ。
「ニーベルンクの指環」4部作という尋常でないスケールの物語。それを台本から音楽、そして舞台美術・演出まで自ら創造したという天才!!
第2夜「ジークフリート」第3幕第3場においてブリュンヒルデが目覚めるシーンでは、何と「黄昏」でのジークフリートの死の場面で奏される音楽とほぼ同じものが使われる。何と「目覚め」と「死」とが同一視されるのだ!!このことから考えてもワーグナーはやっぱり覚醒していたとしか思えないが、あの14時間にも及ぶ無限旋律の音楽をこれほどまでに緻密に組み立てている彼の「脳みそ」、「才能」、「力量」というものに舌を巻かざるを得ない。そう、最初から「すべてが見えている」のである(しかし、そういう彼もプライベートでは大借金を背負ったり、指名手配され逃げたりと大いに欠点を持っていた。それによって人としてのバランスをとっていたようなものだ)。嗚呼、それだけで何と愛おしい・・・(笑)

さて、今夜はヴェルディの「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」。
奇しくもワーグナーと同年に生を得たイタリア・オペラの巨匠の作品の中でも最も有名で、最も統一感があり、しかも最も聴きやすいもののひとつ。明日の講座の予習も兼ねて。

ヴェルディ:歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
イレアーナ・コトルバス(ヴィオレッタ・ヴァレリー、ソプラノ)
ステファニア・マラグー(フローラ・ベルヴォア、メゾソプラノ)
ヘレーナ・ユングヴェルト(アンニーナ、ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(アルフレード・ジェルモン、テノール)
シェリル・ミルンズ(ジョルジュ・ジェルモン、バリトン)
ワルター・グリーノ(ガストーネ、テノール)ほか
バイエルン国立歌劇場合唱団
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団

一世一代の名演奏。こんなにも快活で、しかもメロディアス、かつエネルギッシュな音楽があろうか。これは、ヴェルディの音楽の素晴らしさは当然ながらカルロス・クライバーの音楽作りに依るところが俄然大きい。カルロスはレパートリーを驚くほど絞り込み、特に晩年は同じ曲しかステージにかけなかったある意味奇人だったが、その演奏はやっぱり全体観、統一感に優れるものだった。彼のあの基本的にスピーディなテンポ感は、聴衆にこの「全体観」を失わせないようにするための手法のひとつだったのではとここのところ僕は考える(チェリビダッケにせよ、晩年のバーンスタインにせよ粘着質の遅いテンポではなかなか全体を捉え切るのが難しい)。

ところで、「ラ・トラヴィアータ」。1853年に書かれたこの作品の舞台は「現在」だ(ワーグナーの神話と異なり、その意味でも聴衆にわかりやすく、受け容れられやすい)。さらに、従来の番号オペラの形式でありながら、音楽が途切れないというワーグナー的手法も採り入れる画期的なもの。「全体観」、「統一感」という点において、この「音楽が途切れない」というのがポイント。物語そのものはいかにもというお涙頂戴的メロドラマだが、音楽の素晴らしさがこのオペラをこれほどまでに有名なものにしたことは間違いない。

 

 


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3 COMMENTS

木曽のあばら屋

こんにちは。
クライバーの「椿姫」は、非常に特殊な録音だと思います。
すべてが指揮者クライバーの完全な統率下に置かれています。
主役はヴィオレッタではなくカルロス・クライバー。

遊びや隙がない、音楽的に完璧な名演奏。
イタリア・オペラである「椿姫」を、ベートーヴェンやブラームスの交響曲みたいに
がっちり構築して組み上げてみましたがなにか?!
みたいな演奏です。
まるで「歌つき交響詩・椿姫」って感じがするのです・・・。

もちろん超絶的名演奏だと思います。
「椿姫」をスタジオ録音盤で聴きたい時は、まずこの盤に手が伸びます。
しかし「イタリア・オペラ」には「ゆるさ」とか「隙間」とか「雑味」も欲しいような気がしないでもないです。

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岡本 浩和

>木曽のあばら屋様

おっしゃる通りだと思います。「歌つき交響詩・椿姫」という表現良いですね、ぴったりです。

>「イタリア・オペラ」には「ゆるさ」とか「隙間」とか「雑味」も欲しい

あわせて同感です。とはいえ、ついやっぱりこの音盤に手が伸びてしまうのです。カルロスの魔法でしょうか・・・。

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