リパッティの「ブザンソン告別リサイタル」を聴いて思ふ

lipatti _busancon_last_recitalオーパス蔵による復刻盤が手に入った。リパッティのブザンソンでの最後のリサイタル。
死の2ヶ月半前の壮絶な記録。しかし、残された音に見えるのは死への恐怖や不安ではなく、むしろ神々しく、清澄な心構え。バッハのパルティータの決然とした響きからは実に安寧の音楽が感じとれる。もはや余命いくばくもないと悟っていたのだろうか、あるいはもう少し長く生きるはずだったのか、それはわからないけれど、33歳のディヌ・リパッティの奏でる音楽には哀しみはない。丁寧なタッチで音の一粒一粒が際立ち、まるで目の前で彼が弾いているかのような錯覚に襲われる、60年前の録音の悪さを超えて。ここに鳴るのはバッハの書いた音楽のみ。

モーツァルトのK.310はモーツァルトの貴重な短調作品だが、決してデモーニッシュに解釈しない。悪魔の内にも天使が存在するかのごとく、可憐で希望に溢れた音楽を僕は聴き取る。生きようとする決意が乗り移っているのか、実に生命力に溢れた音楽が繰り広げられる。フォルテの轟音とピアノの静けさとの対比、これはおそらくその場にいた聴衆なら金縛りに遭っただろう演奏。第2楽章の静かな「愉悦」。堪らない。完璧に抜け切った「脱力」の世界。死を前にした人はこうも悟りの境地に至るものなのか・・・。

ディヌ・リパッティ:ブザンソン告別リサイタル(オーパス蔵OPK7056)
・J.S.バッハ:パルティータ第1番変ロ長調BWV825
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310
・シューベルト:即興曲D899~第3番変ト長調、第2番変ホ長調
・ショパン:ワルツ集
ディヌ・リパッティ(ピアノ)(1950.9.16Live)

シューベルトの即興曲は、最初の一音から釘付けになる。そして類稀なる「歌」と内なるパッション。最後の輝きといわんばかりに・・・。
そして、当日のメイン・プロであるショパン。ここに至っては涙なくして聴けぬ。おそらく本来は全曲を披露するつもりだったのだろうが、第2番のみ結局演奏されず。病と闘いながら正面から作品と対峙する誠実さが伝わる。と同時に、鬼気迫るエネルギーの奔流が聴く者の心を捕える。
ショパンはリパッティ自身が編んだ順番による。第5番変イ長調に始まり、第6番変ニ長調、第9番イ長調と続き、最期は第1番変ホ長調。何とも雅でありながら、興味深い配置!
「別れのワルツ」が心なしか特別に響く・・・。第3番イ短調の慟哭・・・。そして、プログラムが進行するにつれいよいよ音楽は熱を帯びる。
白眉は第7番嬰ハ短調!この音楽ほどデモーニッシュなものはないのだけれど、それをいとも容易く弾きこなし、しかもそれが透明感溢れるのだから並でない。恐るべき精神力。しかし、その力は最後まで持たなかった・・・。

体調不良のため足早に舞台を退いた後、しばらくの時間を置いてのアンコールでは「主よ、人の望みの喜びよ」が弾かれたらしい。残念ながら録音は残っていないよう。さぞかし天国的な調べだったのだろう。

 

 


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