1889年のヨハネス・ブラームス。
とある日のリヒャルト・ホイベルガーとの会話。
「僕も相当やらかしている。ひどいことを言って何人も傷つけて・・・わかっているんだ・・・気をつけているんだよ。でもそのくらいの過ちを、水に流せないような人間とは付きあえないよ。なにしろ僕は正直だからなあ」
「そうですね先生、しかし個人的なお付きあいで、
相手に嫌な思いをさせたり傷つけたりは、ないのではないですか」というと、
「まあいつも注意しているからねえ。でも他人にはぺこぺこしないよ。もちろん自分自身にも」
~ホイベルガー、リヒャルト・フェリンガー著/天崎浩二編訳、関根裕子共訳「ブラームス回想録集②ブラームスは語る」(音楽之友社)P67
いかにも気難し屋のブラームスらしいエピソード。しかしながら、こういった頑固一徹の言葉の裏にどこかこの人の孤独と慈愛を思うのである。
おそらくこれは、クララ・シューマンのことを指して言っているのだろう。この時期、ブラームスはクララに無断でシューマンの交響曲第4番初稿版の出版を計画した。そのことで、クララの心が痛く傷つき、二人の関係に決定的な溝が生じたのである。
そして、1853年、初めてシューマン夫妻に出逢った頃に創作したロ長調トリオ作品8の改作を始めたのも同じくこの頃。
それに鬘をあたえたのではなく、少しばかり櫛をあてて髪を毛をわずか揃えただけです。
(友人グリム宛手紙)
~作曲家別名曲解説ライブラリー7「ブラームス」(音楽之友社)P243
遠慮がちに述べるこの言葉とは裏腹に、その改作作業は微に入り細を穿つものだった。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオに聴く慈しみのブラームス。冒頭から一貫してカザルスのチェロが先導する柔らかい音色に惹きつけられる。
また、第2楽章スケルツォはいかにもブラームス的リズムの為せる業で、内燃する暗澹たる面持が素敵。
そして、第3楽章アダージョに見る哀愁のブラームス。後半のカザルスとヘスの穏やかな対話に聴く得も言われぬ愛情と優しさと・・・。筆舌に尽くし難い美しさ。絶品である。
・ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8
マイラ・ヘス(ピアノ)
アイザック・スターン(ヴァイオリン)
パブロ・カザルス(チェロ)(1952.6.30&7.1Live)
1952年、プラド・カザルス音楽祭における実況録音。
ここでのカザルスのチェロは老巨匠らしい安定した響きと音調に溢れるが、それを支えるマイラ・ヘスの毅然とした格調高いピアノの音色に一層の感動を僕は覚える。
終楽章の、スターンのヴァイオリンの輝かしい響きに興奮。これほどに開放的なブラームスがあろうか。
すべてはカザルスの奇蹟!!
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