ブルーノ・ワルター最後の録音を聴いて思ふ

mozart_overtures_walter_cso手塚治虫氏の「モーツァルト、哀愁のバッカス」という題名のエッセーが良い。
「ぼくが漫画家になったきっかけは、そもそも、モーツァルトだった」という書き出しから始まる文章からして粋。

ある日、まったくの我流で、モーツァルトの「トルコ行進曲」を弾いていた。そこへ、いきなり黒人兵がはいってきた。・・・かれはピアノの傍で指で拍子をとっていたが、曲が終わるとテノールで歌い出した。・・・あとになって、これが「フィガロの結婚」の中の、「もう飛ぶまいぞこの蝶蝶」のアリアだとわかった。

なるほど、戦後すぐの大阪市内の焼野原での出来事らしい。

ところで、ぼくはおかしなことに、作品そのものより、作曲家の伝記のほうに興味があって、ことにそこ作品がどういういきさつで、どういう環境のもとに作られたかという点におおいに関心をもつ。・・・いろんな作曲家の伝記を読んでいくうちに、ふしぎな点に気がついた。・・・それは何かというと、ベートーヴェンにしろハイドンにしろ、はたまた、ブラームス、シューマン、ドビュッシー、ラベルにしろ、たいがい作品は完成と同時に(あるいは予約で)楽譜商がひきうけて出版する。・・・ところが、モーツァルトに限っては、作品がほとんど売れなかったようである。そして、非凡な才能にめぐまれながら、充たされず、困窮の中に死んでいった作曲家は、知るところ、モーツァルトぐらいしかいない(他にバルトークなどもそうだが)らしいのである。いわんや共同墓地へ埋葬とはなんたることか!

僕が作曲家や音楽に興味をもつ視点とほぼ同じ。おそらく昭和40年代に書かれたものゆえ情報の古さを感じないでもないが、手塚氏のモーツァルトへの想いが手に取るようにわかる。そして、彼は続ける。

なぜモーツァルトの曲が売れなかったのか、という点には、いろいろな事情があろう。ぼくはそれより、その事情の中で、いかに、モーツァルトが、生涯、自分の曲を売ろうと努力したか、ということに、非常に興味をもつ。

この一文に手塚治虫氏のクリエイターとしての天才性が集約されているように思う。つまり、どんなに優れた作品でも売れなければ意味がないと暗に仄めかす。

ぼくらのような仕事をしている人種には、とくに重大な要素である。ひらたくいって、大衆にアッピールしなければ、名作にしたってどうしようもないということだ。

何とも頭が下がる。

ブルーノ・ワルター生涯最後の録音。
ワルターの録音歴は長い。よって膨大な数の商業録音が残される。数多ある彼のレコードの中でも出色なのがこのモーツァルト集。老練の余裕と、それでいて若々しい響き。何とも無理がなく中庸、透明感に溢れる見事なモーツァルト。ブルーノ・ワルターが行き着いた至高の世界を久しぶりに耳にして、感動した。「フィガロの結婚」序曲も「魔笛」序曲も最高!「フリーメイスン葬送音楽」の哀しみは随一。

もはや言葉にするまでもない。
とにかく多くの人々に聴いていただきたい。

モーツァルト:
・セレナーデ第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(1958.12.17録音)
・歌劇「劇場支配人」序曲K.486(1961.3.29&31録音)
・歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲K.588(1961.3.29&31録音)
・歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492(1961.3.29&31録音)
・歌劇「魔笛」序曲K.620(1961.3.29&31録音)
・フリーメイスンのための葬送音楽K.477(1961.3.8録音)
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

 


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4 COMMENTS

Yamato

昨日のトピックスに続いてのコメントです。ワルターが指揮したモーツァルトの序曲集。たまたま、わが家では妻のリクエストで先月からこのCDがヘビーローテーション状態でした。ちょうどホームページで取り上げられるとは、これまた奇遇!ワルターがつくりだす音楽は「ほほえみ」が魅力で、モーツァルトの演奏が一世を風靡したのもうなずけます。それにしても本当に生き生きとした演奏ですね。特に、わずか4分ほどの「劇場支配人」がこれほどよい曲だとは、今まで気がつきませんでした!最後の小節で金管がこけてるのも、ご愛嬌というべきでしょうか。これらが結果的にワルターが残した最後の録音となったことは、今回の岡本さんの指摘で知りました。しかし、「白鳥の歌」みたいな思い込みで聞くのはちょっと違うように思います。プロデューサーのマックルーアによると、実現しなかったけれど、まだまだ録音の計画があったようですし。ワルターが聴衆との「告別」を強く意識した演奏としては、1960年5月ウィーン・フィル客演時のシューベルトやマーラーがあって、残された録音を聞くだけでも胸がいっぱいになります。でもこのモーツァルト序曲集は、老巨匠が心から音楽を楽しんでいる様子が伝わってきて、私たちにも幸福感を与えてくれる珠玉の名演といえるでしょうね。

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岡本 浩和

>Yamato様

>ワルターがつくりだす音楽は「ほほえみ」が魅力で
>老巨匠が心から音楽を楽しんでいる様子が伝わってきて、私たちにも幸福感を与えてくれる珠玉の名演

わかります!おっしゃるように生き生きとしたモーツァルトで、とても最晩年の演奏とは思えないくらいです。
それと、「劇以上支配人」序曲の魅力も。
最初に聴いた簿はCBSソニーのアナログ盤で、本当に繰り返し聴いたものです。

>実現しなかったけれど、まだまだ録音の計画があったようですし。

そうなんですよね。これはもう本当に残念です。

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