イザベル・ファウストのバッハを聴いて思ふ

bach_solo_faustソナタというのはクラシック音楽の中でとても厳格な形式だ。同時に優れたバランスを持つ形であると僕は考える。一方、パルティータというのはヨーロッパの、音楽が盛んだった国々の、各々の舞曲形式を組曲としてまとめたもの。いわばヨーロッパ流の「晴れと褻」のようなものだろう。僕は独断でそう解釈する。
バッハは1720年前後に彼の世俗音楽の中でも屈指の名作である無伴奏作品をいくつも生み出したわけだが、何ゆえたったひとつの楽器のためのものだったのか昔からとても不思議に思っていた。そのことはもちろんバッハ本人にしかわからない事実なのだけれど、おそらく当時から「人間の究極の生き方」を象徴する作品、すなわち何ものにも依存することなく、自律的な人のあり方を表わす作品を創造しようとしたのではないのかと考えた。

ともかく誰の音盤で聴いても、あるいは実演で聴いても音楽として限りなく最小限でありながら最大限の効果を表出する奇跡の音楽が僕の心を震わせる。しかも、たった一挺であるがゆえなのか、それぞれのヴァイオリニストの個性、というか思考、志向、あるいは人生までもが色濃く反映され、まったく聴き飽きない。どころか実に面白く聴けるのである。

先日、鎌倉のお寺で前田朋子さんの実演を聴いた時も、もちろんその日の気候や会場の影響もあるのだが、実に柔らかく女性的な音楽に感動した。そして、その日会場で購入した彼女のスタジオ録音を聴いて、また違った、どちらかというともう少しカチッとした襟を正される演奏で、これまた良かった。そして、チョン・キョンファの1998年来日公演のパルティータ第2番の奇跡。そうそう繰り返しては聴けぬような緊張感と解放にあらためて涙した。

そこへ、イザベル・ファウストのもの。ピリオド風の演奏スタイルなのだけれど、出てくる音楽の妖しい魅力に最初の音から虜になる。

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全集第2巻
・ソナタ第1番ト短調BWV1001
・パルティータ第1番ロ短調BWV1002
・ソナタ第2番イ短調BWV1003
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)(2011.8&9録音)

何て艶やかな音楽。それでいて中性的なのは1704年製造のストラディヴァリウスのせいなのかファウストの弾き方のせいなのかそれはわからないけれど、この何とも中庸でバランスのとれた音楽世界につい惹き込まれてしまう。
なんと言っても素晴らしいのはパルティータの第1番だろう。各舞曲の愉悦と、その背面に聴こえる悲哀の情と・・・。踊り狂う民衆の心底には必ず怒りや悲しみという負の感情があるんだ。
そして、第2ソナタのフーガを聴きたまえ。人生はどんなに逃げても逃げ切れぬ。日々、同じことを繰り返したとしても細部は必ず違うもの。一日一日に意味を見出しながらいかに謳歌するか。そんなことを証明するかのようなまさに「遁走曲(フーガ)」。
何とも気難しくないバッハ。何て優雅で安定感のあるバッハ。男性性も女性性ものみこみ「ひとつになった」バッハ。

いよいよ今週末、イザベル・ファウストの全曲演奏会に触れる。期待で胸いっぱい。

 


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