ジャン=ギアン・ケラス ベンジャミン・ブリテン生誕100年バースデー・コンサート

queyras_20131122ブリテンの音楽はエロティックだ。無伴奏組曲第1番の「歌」など、聴いていて男女が交わる艶っぽい状況をつい想像してしまう。いや、しかし作曲者自身は男色だった。そこに色はない。むしろモノトーン・・・。

何という漆黒の世界。それでいて何というストイックな音楽。
大きな真っ白な半紙の上に極太の筆で書画を書き連ねるように、2時間以上の時間を費やして無伴奏チェロ作品が奏でられる。もはやお腹いっぱい・・・。

ジャン=ギアン・ケラスのデビュー盤はブリテンだった。繰り返しそれを耳にしておおよその予想はついていたものの、やはり実演は違う。大きなホールで、しかも半分強ほどの客入りの中(残念なことに)、繰り広げられたパフォーマンスは見事なものだった。もっとたくさんの人たちに聴いていただきたかった(逆にもっと小さなホールで満員の聴衆の下届けていただいた方がより良かったかな)。何よりこの日こそベンジャミン・ブリテンの100回目の誕生日に当たる日ゆえに。

ジャン=ギアン・ケラス無伴奏チェロリサイタル
ベンジャミン・ブリテン生誕100年バースデー・コンサート
2013年11月22日(金)19:00開演
東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
・ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番作品72
・コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ作品8
休憩
・ブリテン:無伴奏チェロ組曲第2番作品80
・ブリテン:無伴奏チェロ組曲第3番作品87
アンコール~
・デュティユー:ザッハーの名による3つのストローフェ~第1番

第1番組曲の最初の音を聴いた瞬間、心が躍った。何という美しい旋律。第2楽章ラメントの切ない響き。ここの僕はバッハの第5組曲のサラバンドを見た。そして、この音楽が主題となっていたイングマール・ベルイマン監督の「叫びささやき」の一シーンを思い出した。まさに姉妹の嘆きの世界・・・。さらに第6楽章で、主題と「歌」が重なり合う箇所を聴きながら、ブリテンの「愛」というものを見出した。この一体感、それは本人の経験からくるものだ。

次のコダーイは並大抵の音楽でない。そんなことはとうの昔にわかっていたけれど、あらためて確認。ブリテンもコダーイもバッハを規範にすることは間違いないが、コダーイの、特に第2楽章アダージョ・コン・グラン・エスプレッシオーネのピツィカートを伴奏にしたエキゾチックな旋律に身震いした。何とこれは、おそらく日本古来の神事に通じる音だと直感(マジャール民族と日本人は同一の種だという説があるが、意外にそうなのかも)。

これで終わりでもう良かったんだけれど、20分の休憩を挟んで後半。
どういうわけか第2組曲の時だけ譜面台が置かれた。何という暗鬱な音楽。この作品にはショスタコーヴィチの心が息づき、バッハの魂が木霊する。恐るべきテンションの音楽だ。終曲シャコンヌだけは暗譜。バッハのシャコンヌに負けず劣らじの崇高な音調・・・。
最後の第3組曲の沈潜してゆく様に身も心も打ちのめされた。全曲を献呈されたロストロポーヴィチが録音を残さなかった(残せなかった)理由が何だかわかったような気がした。
最後の音がすーっと消えゆく様は、魂が人間の身体から抜け出るような、そんな雰囲気。

アンコールはアンリ・デュティユー。初めて聴いた作品だけれど、20世紀的エロスに溢れる。つまり頭で思考したエロということ・・・(笑)。意味わかるかな?ケラスのチェロの音が色っぽいのかも(ブリテンもデュティユーもロストロポーヴィチと縁の深い作品だが、ケラスの演奏も随分こなれていて正直驚いた。ロストロを超えるとは言わないが、少なくともロストロを忘れて聴くことができたということが素敵)。

ところで、20日に投稿したカテリーナの呪いなのか何なのか(笑)、翌日から新規投稿が突然できなくなった。
いろいろ手を尽くしたがお手上げ。そろそろ章変えかな、なんて考えているとこういうことになる。
結局プロに委ねてようやく解決・・・。プラグイン「Count per Day」データベースの容量オーバーが原因らしい。なるほど、これは素人の手に負えないはず。
ということで、第6章入りとする。

 


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