ゲルギエフのプロコフィエフ「炎の天使」を聴いて思ふ

prokofiev_the_fiery_angel_gergiev僕たちの音楽の志向、嗜好というのは「刷り込み」に限りなく左右される。聴く者の頭から離れないメロディを創れたらその作曲家の名前、あるいは作品は後世にまで残るだろう。

決して耳に易しいとは言えない。確かに晦渋なのだけれど、セルゲイ・プロコフィエフの初期作品の魅力は、鉄仮面の如くの構成の堅牢さ、決してわかりやすいとは言えない旋律でありながら、耳に付いて離れない音楽を持つことだ。

ロシア革命直後に作曲を始め、亡命後何年も据え置かれ、ようやく1927年に完成した歌劇「炎の天使」などは、僕にとってまさにそういう作品。ストーリーの難解さは並大抵でない。おそらく実際の舞台に触れるか、またはせめて映像作品で楽しまない限り真髄はなかなか掴めそうにない。しかし、それでもここのところ久しぶりに時間を見つけては繰り返し「音」だけを聴いてきた。

第1幕冒頭の、そして全幕を通じて頻出する騎士ルプレヒトのライト・モティーフが頭の中をずっと駆け巡る。これは一体どうしたことか??

ワーグナーは女性の自己犠牲による人類の救済を生涯のテーマに置いたが、ここでは逆に、男性の「一途な愛」が女性を、引いては人類を救えるか否かがひとつの主題になる。残念ながら男は弱い(笑)。最後は悪魔メフィストフェレスに止められ、炎の天使マディエルと一体となるレナータを救うことができない・・・。

一方で、レナータを中心に思考を巡らしてみる。
レナータはいわゆる憑依体質だ。そして、現代でいうところの「バランスを書いたスピリチュアル志向者」だ。それがゆえ、どんなものにでも影響を受ける。身体を要求するルプレヒトに「あなたには悪魔が憑りついている」と言って逃げたかと思うと、翻って「あなたを愛している」とも言う。しかし、挙句は彼を嘘つき呼ばわりして愛を否定するのだ。なぜなら彼女の、天使マディエル、あるいはその生まれ変わりと信じるハインリヒに対する愛、というか思い込みは常軌を逸するものだから。

世界に神と悪魔が在るならば、勝つのは悪魔だといわんばかり・・・。いや、勝ち負けの話ではない。神は悪魔に変化し得るということ。つまり、どんなものも表裏の二面性を持つことが象徴的に表現される。

金管群が咆哮し、恐怖を煽る。プロコフィエフの音楽は、表上無神論を唱えるソビエト社会にあって真に現実的。

プロコフィエフ:歌劇「炎の天使」作品37
セルゲイ・レイフェルクス(ルプレヒト、バリトン)
ガリーナ・ゴルチャコワ(レナータ、ソプラノ)
エフゲーニャ・ペルラソワ・ヴェルコヴィッチ(宿屋の女将さん、メゾソプラノ)
ミハイル・キット(下男、バス)
ラリーサ・ジャチコワ(占い師、メゾソプラノ)
エフゲーニ・ボイツォフ(ヤコプ・グロック、テノール)
ウラディーミル・ガルージン(アグリッパ・フォン・ネッテスハイム、テノール)
ユーリ・ラプチェフ(マテウス・ヴィスマン、バス)
コンスタンチン・ブルージュニコフ(メフィストフェレス、テノール)
セルゲイ・アレクサーシキン(ヨハン・ファウスト、バス)
マリインスキー劇場合唱団
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団(1993.9Live)

ストーリーと音楽が一体となる迫力、威力は大変に素晴らしい。それはゲルギエフの紡ぎ出す弦楽器群の「うねり」と打楽器群の「轟き」に依るところが大きいが、特に第5幕冒頭の、断片的かつ性急な音の流れに金縛りに遭うが如く(過呼吸のようだ・・・笑)。(レナータを演じるゴルチャコワも最高!)
レナータの言葉が重い。聖なるものの近くでは、陰謀や裏切りに遭う、と。
オペラのクライマックスとなるこの終幕はとにかく繰り返し聴きたい。あまりに起伏に富み、あまりに濃く、あまりにプロコフィエフ的、特撮映画的音楽に支配される。何という妙味!音楽が・・・、頭から離れない・・・(笑)。

ひとたびわかると、これほど面白い音楽家はいないだろう。
プロコフィエフの天才をあらためて発見する。

 


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3 COMMENTS

畑山千恵子

これは日本初演されましたね。「戦争と平和」日本初演も見にいきました。大変素晴しいオペラでした。プロコフィエフに限らず、チャイコフスキーも「マゼッパ」など、日本初演してほしいオペラがありますね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
何年か前にゲルギエフがやりましたよね!残念ながら観れませんでしたが。
確かに「マゼッパ」などもやってほしいものです。

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