沈思黙考する第20変奏アンダンテを聴いて思った。
アナトール・ウゴルスキの演奏は静かな祈りだ。
熱狂と沈潜の対比劇的な第21変奏アレグロ・コン・ブリオを聴いて思った。
この人の演奏は魂の叫びだ。
そしてまた、「ドン・ジョヴァンニ」からの引用を持つ第22変奏モルト・アレグロを聴いて思った。
囁きかける哲学的音色は喜びの讃歌。
さらには、オルゴールの如く可憐な第24変奏フゲッタを聴いて思った。
何という優しさ。当時のベートーヴェンの内面を鋭く抉るような解釈に僕はいちいち唸った。
ベートーヴェン畢生の大作「ディアベリ変奏曲」の神髄が隅々まで刻印されるウゴルスキの達観。一台のピアノでの表現とは思えぬほどの立体感と表現の侘び寂。東洋的情緒を伴うこの演奏は禅的問答を喚起させる。幻想の中にある垣間見る真実。
五祖曰く、「譬えば水牯牛の窓櫺を過ぐるが如き、
頭角四蹄都べて過ぎ了るに、甚麼に因ってか尾巴過ぐることを得ざる」。
無門曰く、「若し者裏に向かって顚倒して、一隻眼を著け得、一転語を下し得ば、以て上四恩に報じ、下三有を資くべし。其れ或いは未だ然らずんば、更に須らく尾巴を照顧して始めて得べし」。
(三十八 牛、窓櫺を過ぐ)
~西村恵信訳注「無門関」(岩波文庫)P146
何事も逆の方から真実の眼をもって見抜けということらしい。
・ベートーヴェン:アントン・ディアベリのワルツによる33の変奏曲ハ長調作品120
アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)(1991.5録音)
第28変奏アレグロの跳躍!
続く第29変奏アダージョ、マ・ノン・トロッポで、音調は一気に深みを増し、悲しみの淵を覗きこむよう。また、第30変奏アンダンテ、センプレ・カンタービレの無量の透明感。
あらゆる変転へ沈着に応じよう。そして、おお神よ、ただあなたのかわることなき慈愛にのみ私の信頼を置こう。
(1817年―ベートーヴェンの手記より)
~ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P174
涙に濡れる第31変奏ラルゴ、モルト・エスプレッシーヴォの筆舌に尽くし難い安寧。
その後の明朗な第32変奏フーガは、ウゴルスキの真骨頂。
われらの衷なる道徳律と、われらの上なる、星辰の輝く星!カント!!
(1820年―ベートーヴェンの手記より)
~同上書P174
マクロコスモスとミクロコスモスの一体。
アナトール・ウゴルスキの天才。
唯一無二のディアベリ変奏曲。
万歳!
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>ミクロコスモスとミクロコスモスの一体。
「ディアベリ変奏曲」の壮大な宇宙とは、ウゴルスキの宇宙、バックハウスの宇宙、アラウの宇宙、バレンボイムの宇宙、ブレンデルの宇宙、シュナーベルの宇宙などなど・・・、それぞれのパラレルワールドから成る集合体なのではないでしょうか?
http://matome.naver.jp/odai/2141871778818444001
ますます私も怪しいコメントになってきました(笑)。
>雅之様
すいません、誤植発見。
×ミクロコスモスとミクロコスモス⇒○マクロコスモスとミクロコスモス
でした。
とはいえ、確かにおっしゃるようにパラレルワールドというのがぴったりかもしれません。
怪しいコメント大歓迎です。(笑)
[…] 越えたが、今、ようやく音楽の真意がつかめ、神髄が理解できるようになった。アナトール・ウゴルスキ盤の天国的な(かつデモーニッシュな)演奏も素晴らしい。一方、いかにも現世 […]