都響スペシャル インバルのマーラー交響曲第10番(クック補完版)

mahler_10_inbal_tmso_20140720最晩年のマーラーの苦悩の真っただ中に身を投げ入れるような衝撃的体験と言ったら言い過ぎだろうか・・・。そして、この作品も、彼の他の作品同様実演に触れない限りその本質は決してつかみ得ない。
僕はもっと透明で浄化された音楽なのだろうと、少なくとも幾種かの音盤を聴く限りにおいて判断していた。でも・・・、さにあらず。とても人間的な、あまりに人間的な私小説的心情告白。身につまされるような苦しみと、相手を責める想い、そして自身を苛む気持ちが錯綜し、様々な負の感情が波のように押しては寄せ、寄せては押す・・・。

グスタフ・マーラーのアルマに向けての官能の爆発をきっかけに、おそらくそれまでの自身の生き様が走馬灯のように駆け巡り、あらゆる感情、思考が投影された音楽のスケッチ。そして、そのスケッチにほとんど余計な化粧を施すことなく、つまり勝手な解釈をしのばせることなく、デリック・クックによって再構成された第10交響曲を聴いて、これは彼岸の音楽などではなく此岸の音楽だとひらめいた。何よりマーラーは1910年夏の時点で余命が1年も残されていないとは知る由もなかったのだから。

エリアフ・インバルは、次のように言うのだけれど・・・。

マーラーは何回も「別れ」を告げています。「大地の歌」では「永遠に、永遠に」と。第9交響曲で彼は人生に別れを告げ、死を受け入れます。そして、第10番は、まるで死後の世界で書かれたような、非常に不思議な強い印象を受けます。死後に彼が復活し、人生や死について回想しているかのような。
~月刊都響2014年7&8月号P17

ある意味正しい。しかし、ある意味正しくない。インバルの言う印象を含め、マーラー自身が自己陶酔的に描いた芝居のようなものとも捉えられなくないのでは?もっと現実的な、アルマへの怒りや嫉妬や、そしてそういう怒れる自らを宥める、あまりに人間的な音楽ではないのかとやっぱり僕は思うのである。

都響スペシャル
2014年7月20日(日)14:00開演
サントリーホール
エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団
四方恭子(コンサートマスター)
・マーラー:交響曲第10番嬰ヘ長調(デリック・クック補筆による、草稿に基づく演奏用ヴァージョン)

第1楽章アダージョ冒頭、ヴィオラのモノローグから意味深い。ただしこれは自己愛に傾いた哀しみだ。マーラーは自らのために泣く。全編を通じて現れる弦楽器群の高い音の表情は不甲斐なさを自戒する叫びだろう。そして、金管群の咆哮も、アルマやグロピウスを許せず治まることのない怒りの発露だ。例のトランペットのA音も心なしかアルマへの執着、執念のように感じられなくもない。時に大きな唸りをあげるインバルの渾身のマーラー。
理想的テンポで進められる第2楽章スケルツォを終え、一旦舞台袖に下がった指揮者は、ここからがマーラーの本懐だといわんばかりに再度出てくるや徐に指揮棒を下ろし、剽軽でありながら内容のある第3楽章プルガトリオ(煉獄)を一気に畳み掛け、そのまま第4楽章スケルツォに流れ込んだ。そして、終楽章に行き着いた頃には僕の頭の中は真っ白になっていた。
そう、つい先ほど体験した雷の轟音に近い冒頭の大太鼓の劇的で重い響きに痺れた。最初のクライマックスに向けての弦楽器群と金管群の奏でる旋律に心動かされ、そこに割って入る大太鼓の一撃に涙がこぼれた。
なるほど、マーラーは何とか許そうと自分自身と闘っているんだ・・・。

それにしてもコーダの「君のために生き!君のために死ぬ!アルムシ!」の部分の美しさ!!
果たしてこれがマーラーの本音なのかどうなのか、それはわからない・・・。しかし、その言葉どおり、まさに自分がどうすれば良いのかわからなかったのだろう。
気のせいか中間部で奏される第1楽章と同じトランペットA音が空虚に響く。

終演後の怒涛の拍手喝采はいつも通り。もはやインバル&都響のマーラーは僕たちにとっての特別な儀式だ。
ツィクルスを締めくくる最高の第10番だったのでは・・・。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

 マーラーとアルマがやっと分かりあえる夫婦になったと思ったら、1911年1月から病に倒れ、その年の5月にこの世を去りました。とはいえ、アルマはグロピウスとの文通も続けていました。2人が本当に分かりあえる夫婦になったとはいえなかったようですね。
 第10番が完成していたら、アルマは何を感じ取ったでしょうか。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
歴史に「もし」はありませんが、10番が完成していたならどうなっていたのでしょうね・・・。興味深いです。

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