ポール・ワトキンスのメンデルスゾーン「チェロとピアノのための作品集」を聴いて思ふ

mendelssohn_cello_works_watkinsめらめらと内燃する仄暗さと、明朗で爽快な気性の対比こそメンデルスゾーンの独壇場。ポール・ワトキンスの弾く変ロ長調のチェロ・ソナタを聴いて思った。裕福な家庭に育ち、いかにも順風満帆に見えるメンデルスゾーンの生涯は、僕たちが想像以上に過酷なものだった。

僕はゲーテの前でバッハのフーガや即興曲を2時間以上も弾きました。普通は4時間ぶっ続けに演奏しましたし、時には6時間、8時間の時もありました。毎日、夕食後、ゲーテはピアノを前にしておっしゃるのです。今日はまだ君の演奏を聴いていないのだが、少し聴かせてくれないか。
1821年11月6日付、フェリックスの両親宛ての手紙
レミ・ジャコブ著・作田清訳「メンデルスゾーン」P33

才能豊かで生真面目で、他人の期待に沿う努力をとことんまでする優等生だったことがわかる。少年時代からただならぬ心身の酷使を強いられていたとみる。38歳で彼が逝かねばならなかった理由はそういうところにもありそうだ。

結局メンデルスゾーンを困らせたのは、霊感が気まぐれに訪れることである。霊感は芸術家が夢想した作品を創造したときに訪れるのはまれで、一見どうでもよい部分に与えられる。熟考し技術をこらしても楽想が浮かんでこないとき、それでも創造のひらめきがあったと考えなければ、室内楽曲の成功の秘訣はどこにあるのだろうか。
~同上書P15

奇しくもレミ・ジャコブが語るこの文章から、フェリックスは生まれながらの天才などではなかったことを知る。上記、ゲーテへの奉仕のエピソードから考えてもすべては幼少からの弛まない努力の賜物だろうと。それゆえ、彼の作品には明暗2つの側面が明滅し、そして、その音楽に触れる僕たちの心の琴線に触れるのは、まさに彼の内側に在る「弱さ」をしてであろうと僕は考えるのだ。

メンデルスゾーン:チェロとピアノのための作品集
・チェロ・ソナタ第1番変ロ長調作品45
・協奏的変奏曲ニ長調作品17
・無言歌ニ長調作品109
・チェロ・ソナタ第2番ニ長調作品58
ポール・ワトキンス(チェロ)
ヒュー・ワトキンス(ピアノ)(2011.5.10-12録音)

おそらく最も脂の乗っていた時期に、しかも弟パウルのために書かれた変ロ長調ソナタは、その1年後に生み出された三重奏曲ニ短調と同様の、正負の感情の極めてバランスのとれた音調に支配される。メンデルスゾーン自身がピアノの名手だったことにその理由があるのだろうが、ここでもイニシアチブを握るのはピアノの方だ。
4楽章構成のニ長調ソナタには、一層「悲哀」の感が横溢する。特に、第3楽章アダージョに聴く、チェロとピアノのやりとりに発する、類稀な美しい歌謡的な旋律に心奪われる。あまりにきれい・・・。

フェリックスとパウルによる音のタペストリー。同じく兄弟であるポール&ヒュー・ワトキンスによって奏でられる再現音楽には互いに相手への慈愛が聴いてとれる。終楽章の軽快かつ確信的な音の運びにますますフェリックス・メンデルスゾーンの天才を思うのだ。充実期の作品だが、おそらくここにもファニー・ヘンゼルの意思が含まれているかも・・・。

 

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