The Enid “Live At Hammersmith Vol.2″を聴いて思ふ

enid_live_at_hammersmith_2本人は喉の調子含めて体調不良だったようだが、久しぶりに小澤紗来のライヴに触れ、初期ジェネシスの、すり硝子の向うにある気高くぼんやりした音楽を思った。いや、厳密に言うと違うかも・・・。どちらかというとエニドのそれだ。明確な意思がありながら、それでいて華奢で繊細な音楽の宝庫。特に三連符の連続に感じるキーボードの軽快な調べに心奪われた・・・。

1979年3月3日のハマースミス・オデオン。驚愕のライヴの後半を収めた、オリジナルの音そのものが体感できるこの音盤は一種の奇蹟だ。例えば、伊福部昭を思わせる”Cortege”(葬列)のライヴでの再現には一層熱がこもる。このあまりにもエスニックな響きに、僕たち日本人はおそらく過剰に反応するだろう。

The Enid:Live At Hammersmith Vol.2

Personnel
Robert John Godfrey(keyboards)
William Gilmour(keyboards)
Francis Lickerish(guitars)
Stephen Stewart(guitars, keyboards, percussion)
David Storey(drums, percussion)
Terry Pack(bass)
Tony Freer(oboe, keyboards)

深夜の”Albion fair”(アルビオン・フェアー)。何という壮大な音絵巻!!!大自然と人間の織り成す営みが音により具現化され、まさに眼前に広がるよう。時とともに消えゆく音楽芸術の宿命ともいえるが、「今ここ」しか思わせない音の流れに翻弄される。なるほど、ここにはグスタフ・マーラーも木霊するのだ。少なくとも20世紀クラシック音楽のイディオムをテクストに、ロックの方法を採用して表現される11分半ほどの作品の魅力たるや・・・。

さらに、“Encore”(アンコール)における、エルガーの「威風堂々」第1番に卒倒する。大英帝国の誇る天才による第2の国歌ともいうべき音楽がアンコールで崇高かつ重厚に奏でられるのだ・・・!!
Vol.1に収録される冒頭の”God Save The Queen”然り、いわばナショナリズムを体現した彼らの音楽は、おそらく英国国教会も太鼓判を押すだろう(?)「信仰」と「祖国愛」に満ちている。
「音楽をする」ことはある種エゴイズムの極致だ。少なくとも表現の源泉には「自己顕示」がないと成り立たない。自己陶酔し、同時に聴衆が欣喜雀躍し・・・。そういう自他ともに巻き込む作品こそが傑作として残るのでは?
残念ながらエニドは一般的にはほとんど知られない。
しかしここには大衆の評価を勝ち取るだけの過剰な「自己主張」があり、無勝手流の解放がある。
であるからこその脆く危うい「美しさ」。

 

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