ベッドフォード&ECOのブリテン「ヴェニスに死す」を聴いて思ふ

britten_death_in_venice自然を逍遥しながらブリテンの歌劇「ヴェニスに死す」を聴いた。残念ながら僕はいまだこのオペラを観ていない。歌劇の場合、作品を理解する上で上演ないしは映像に触れていないのは大きなハンデとなるが、中でも「ヴェニスに死す」に関しては、少なくとも音だけを繰り返し聴くにつけ、巷間言われるように「能楽」からの影響が強い作品だと思われ、それこそ最晩年の作曲者が行き着いた、極めてシンプルな孤高の境地であるとともに、研ぎ澄まされた音調を持つ傑作ゆえ舞台に触れることが必須になると僕は思うのだ。

無調的手法でありながら決してとっつきにくくなく、またほとんどクライマックスを形成しないまま淡々と物語が進行してゆく様、しかもトーマス・マンの原作通りにストーリーが進められる様に、果たして舞台上では何がどのように表現されるのか知りたくなる。
「ヴェニスに死す」といえば、たいていの人たちのイメージの中にあるだろう、例のルキノ・ヴィスコンティの名作映画の中の美しい演出の右に出るものはないように思われるが、ブリテンはどのように指示したのか、そして、もちろんそれは演出家の腕によるのだけれど、昨今の舞台がどのようにヴィスコンティ版と一線を画するのか、実に興味深い(ヴィスコンティによる映画化の場合は主人公の職業設定を含め微妙な変更がいくつもあるが、ヴェニスの様子や登場人物の容姿など忠実に再現されていることから一層その思いは強くなる)。

おそらく今でもそれほど頻繁に舞台にかけられるチャンスはないだろう。いつ触れ得る機会が訪れるのかわからないが、いずれにせよ実演を観ない限り決して本質、真価はわからない。

ブリテン:歌劇「ヴェニスに死す」作品88
ピーター・ピアーズ(テノール、アッシェンバッハ)
ジェイムズ・ボウマン(カウンターテノール、アポロの声)
ジョン・シャーリー=カーク(バリトン、旅人/伊達男/デュオニソスの声、他4役)
ケネス・ボウエン(テノール、ホテルのポーター)
スチュワート・ハーリング(バス、船のスチュワード)
マイケル・バウアー(バリトン、リドの船頭)
アン・ウィルケンズ(アルト、フランス人の母親)、ほか
イギリス・オペラ・グループ合唱団
スチュワート・ベッドフォード指揮イギリス室内管弦楽団(1974録音)

アッシェンバッハの心の動きが見事に音楽化される。特に、美の追求と死の恐怖の板挟みにあいながら、最終的には理性を保ち切れず、自らの欲望に身を委ねてしまう、そのあたりの音楽的描写に舌を巻く。例えば、第13場の夢の中でのアポロンとデュオニソスとの争いなどはけたたましい音響とともにアッシェンバッハの心の内側を見事に捉えるが、それ以上に、夢から目覚めた後の心境を歌う(語る?)ピアーズの「声の表情」に僕は心奪われるのである。

私ももうこれ以上堕ちることはないな・・・。

美は死をも凌駕するのだ。

そして、ヴィスコンティの映画でもその美しさに目を瞠った最後の浜辺のシーン。
ポーランド人家族がいよいよ帰国することを聞いたアッシェンバッハの焦りを見事に表す性急な音楽から実に心理を突いているようで思わず膝を打つ。
その後、タッジオとヤシュウの浜辺での喧嘩に翻弄されるも、いよいよ発作に見舞われ椅子の上に崩れ落ちるアッシェンバッハの死の場面では、数多の打楽器が使用され、特に鉄琴(?)の幻想的な響きに涙さえこぼれる。何という天才・・・、何という美しさ・・・。

嗚呼、舞台を観たい。

 

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