キュッヒル、シュタール&バルトロメイのモーツァルト「ディヴェルティメントK.563」を聴いて思ふ

mozart_divertiment_k563_kuchl127どんなに経済的困窮に陥ろうと、そしてどんなに苦悩の中にあろうとモーツァルトは音楽に対して真摯で、そして素直だった。時に暗澹たる音調を交え、内面を吐露するものの概ね音楽は明朗で快活、僕たちの魂をとことん癒す。

若きベートーヴェンがインスパイアされたらしい1788年のディヴェルティメント変ホ長調を聴いて思った。3挺の弦楽器によって織りなされる、この柔和で温かい音楽は、作品が一層進化、深化するのに反比例するように、いよいよ人気に翳りが出始める頃生み出されたもの。再三の金の無心にいつも快く応じてくれたフリーメイスンの盟友プフベルクのために書かれたということだが、いかにもモーツァルトらしい簡潔で無邪気な愛らしさに溢れる音楽に涙がこぼれそうになる。

あなたが真の友人であり、私を誠実な男とお考えになっているのを確信して、心を打ち明け、お願いいたします。
もし、私に愛と友情をお持ちで、1年か2年の期限で1000ないし2000グルデンを相当の利子で用立ててくださるなら、仕事をするのに大いに助かります。収入を次々と待たなくてはならないなんて、生活してゆけるものではないことは確かと思われるでしょう。少なくとも一定の必要な貯えがなければ、ことがうまくゆくわけはありません。無一文では何もできません。
あなたが、もしそれだけの金額をすでに手放せないならば、せめて明日までに数百グルデンだけでもお貸しくださるようお願いいたします・・・
追伸、いつまたあなたのところで、小音楽会をいたしましょうか、私は新しい三重奏曲を書きました。
1788年6月17日付、モーツァルトからプフベルク宛
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P386-387

最愛、最上の友よ!
今どうしても私はお金をお借りしなくてはなりません。―ああ、でも誰に頼ったらよいのでしょう?あなたのほかに、最上の友よ。いないのです!―少し巨額のお金を、やや長期にわたってお貸しいただきたいのです。ここに住んで10日間のうちに、ほかの住居での2ヶ月以上の仕事をしました。・・・ただ沈黙して、お待ちしています。
1788年6月27日付、モーツァルトからプフベルク宛
~同上書P387

放蕩と浪費の限りを尽くした、身から出た錆とはいえ、涙が出るほど切ない気持ちになる。おそらくそのお礼にと彼はこの三重奏曲を書いたのだろう。この音楽の内にはただただ当時のモーツァルトの何ものにも代え難い感謝の念が映る。

モーツァルト:
・ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲ト長調K.423(1963.9.27録音)
イーゴル・オイストラフ(ヴァイオリン)
ダヴィッド・オイストラフ(ヴィオラ)
・ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲変ロ長調K.424(1980.5.16-22録音)
ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)
ヨーゼフ・シュタール(ヴィオラ)
・ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのためのディヴェルティメント変ホ長調K.563(1980.5.16-22録音)
ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)
ヨーゼフ・シュタール(ヴィオラ)
フランツ・バルトロメイ(チェロ)

3声の、何と豊饒な調べ。第1楽章アレグロを聴くや、即座にモーツァルトの深遠な世界に誘われる。第2楽章アダージョのチェロによる第1主題に思わず涙。実に深い呼吸。ここには悲嘆に暮れるモーツァルトが在る。そして、それに応答するヴァイオリンとヴィオラの音色の慰めの表情は極上。
第3楽章及び第5楽章、各々のメヌエットは、これまた晩年のモーツァルトの軽快でありながら深みのある舞踏。孤独と苦悩を忘れ、モーツァルトは踊る。
素晴らしいのは第4楽章アンダンテ。主題と4つの変奏は自信と確信に溢れ、いかにもモーツァルトらしい天才的な光と翳、動と静に満ちる。何よりこれは、キュッヒル、シュタール、バルトロメイの3者が見事に均等に音楽を分担し、しかもひとつに調和しているゆえの賜物。何度聴いてもここは素晴らしい。終楽章アレグロも、この単なる機会音楽でないディヴェルティメントの締め括りに相応しい充実した響きを持つ。

やっぱりモーツァルトはもっともっと生きたかったよう。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


日記・雑談(50歳代) ブログランキングへ


3 COMMENTS

畑山千恵子

モーツァルトの借金は、1787年頃から表面化してきました。1788年からオーストリアはオスマン・トルコ帝国との戦争に突入しました。そのため、貴族たちが出征したこともあって、モーツァルトは予約演奏会を開こうにも開けなくなりました。
子どもたちの教育費、妻コンスタンツェの療養費もかさみ、生活は大変でした。借金して支出をなかなわなければならなかったというわけです。

返信する
岡本 浩和

>畑山千恵子様
いたしかたない必要経費だったということですね。
それであるがゆえに生まれた傑作群だったのかもしれません。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む