R.シュトラウス自作自演の組曲「町人貴族」を聴いて思ふ

r_strauss_burger_als_edelmann022あまりに人間っぽくて、いわば思想も哲学も何もない、あくまで「私小説的」な音楽であることがそもそもリヒャルト・シュトラウスの妙味。標題に影響されても良し、逆に左右されずとも何の問題もなし、ただひたすら音に浸るべし。
オペラの場合、物語の背面にある思想性はホーフマンスタールら台本作家の心底にあるものだ。全音階的アプローチが主流のシュトラウスの音楽そのものは、もっと下世話で現実的なものなのだろう。自演による「町人貴族」組曲を聴きながらそんなことを思った。

「町人貴族」と「ナクソス島のアリアドネ」を巡る諸問題。シュトラウスによる「私のオペラ初演の思い出」には次のようにある。

辛口の散文から純粋の音楽に至るという魅力的なアイデアは、結局まったく実現しなかった。馬鹿げた言い草ではあるが、つまるところ、台詞劇の聴衆はオペラには行きたがらないし、その逆もしかりなのである。つまり「両性具有の存在」には、人は理解を示さないのである。というわけで初演から4年後、ホーフマンスタールと私は―ミュンヘンのレジデンツ劇場やベルリンのシャウシュピールハウス等では好意的に迎えられていたとはいえ―この作品を大々的に改作し、モリエールとホーフマンスタール=シュトラウスを分断することにしたのである。
日本リヒャルト・シュトラウス協会編「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」(音楽之友社)P151

劇とオペラを折衷するというアイデアは間違いなくホーフマンスタールによるものに違いない。試みとしては革新的でよろしい。しかし、失敗は目に見えていたはず。なぜなら音楽(パトス)と言語(ロゴス)とはまったく別の伝達手段なのだから。

山田由美子さんの「第三帝国のR.シュトラウス―音楽家の〈喜劇的〉闘争」には次のようにある。

しかし神秘的象徴性にこだわるホーフマンスタールは、シュトラウスの喜劇志向を小市民的俗悪趣味として毛嫌いし、「自分の得意分野であるセリアにしがみ」いた。
山田由美子著「第三帝国のR.シュトラウス―音楽家の〈喜劇的〉闘争」(世界思想社)P49-50

なるほどやっぱりそういうことだ。
同書にある第一次大戦中に語ったシュトラウス本人の言葉がすべて。

私は悲劇的才能を使い果たしたように思います。それにこその戦争が始まってから悲劇を舞台にかけるのは、愚かで稚拙な行為との感を免れません。そこで私の抗しがたい才能を発揮してみたいのです。なんといっても私は、現代の作曲家の中でただ一人、本物のユーモアとおかしさ、そして並外れたパロディの才能の持ち主なのですから。
~同上書P50

バレエ「泡立ちクリーム」の酷評に彼はまた次のように応えている。

人はいつも私に壮大な構想を期待するのです。私には好きな音楽を書く権利がないとでもいうのでしょうか。現代の悲劇には耐えられません。私は喜びを創造したい。私にはそれが必要なのです。
~同上書P89

とにかくシュトラウス本人はただひたすら「喜び」を表現したかったのだ。若杉弘さんが生前のインタビューでシュトラウス・オペラを次のように表現されており、的を射ていて興味深い。

シュトラウスのオペラでは、劇のこまごまとした事象、情緒や情感にすぐ音楽が反応します。ひじょうに無礼な言葉使いをすれば、「最高級の劇伴」ですよね。
あくまで「最高級の」という意味ですよ。ワーグナーを「楽劇の楽聖」とたてまつるのなら、シュトラウスを僕は「ドイツ語のプッチーニ」として拍手を贈ります。
日本リヒャルト・シュトラウス協会編「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」(音楽之友社)P106

リヒャルト・シュトラウス:自作自演集Ⅱ
・交響詩「英雄の生涯」作品40
・組曲「町人貴族」作品60
リヒャルト・シュトラウス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1944録音)

確かに「町人貴族」のリュリによる第6曲「クレオントの登場」など、あまりに美しく懐かしい「劇伴」である。続く、第7曲「第2幕への前奏曲(間奏曲)」はリュリのスタイルを借りながらいかにもシュトラウス風エッセンスに富んだ軽妙な音楽。
頭を使い過ぎれば過ぎるほど、奇を衒ったり狙ったりすればするほど、リヒャルト・シュトラウスの場合は俄然つまらなくなる。そのことは実に冷静かつ端整な指揮ぶりの自作自演集を聴くとよくわかる。

 

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