成長の証

bruckner_1_inbal.jpgもう28年近くになる。東京に出てきた時、武蔵野市にある湖国寮という県人寮に入った。まる1年しかそこにはいなかったが、全員が滋賀県人という安心感もあってか、とてもリラックスした雰囲気で、学生生活最初の1年目を充分楽しませていただいた。基本的に体育会系ではなかった僕は、時に横暴なしつけとはいえない「やんちゃ」に耐えられなくて、否、というより集団生活に向いていなかったという理由からそそくさと逃げ出してしまったのだが。

そこは、東京都は思えない「田園風景」の気でいっぱいだった。もちろん言葉は関西弁を使った。しかし、ひとたび外に出ると、田舎人ということをどうしても隠したいのだろう、不慣れな標準語をある意味器用に扱い、東京人然とした学生生活を謳歌していた。

そういえば、当時何年間かは人前では(特に東京の友人の前では)関西弁を使わなかった。よく考えてみると、地元にいる頃、標準語、というか東京弁を「気持ち悪い」とやたらに否定していた癖に、そんなことはすっかり忘れてかっこうをつけている自分がいた。まぁ、それは若気の至りということで、20代も後半になった頃には、関西人同士なら人前でも平気で地元の言葉を使うようになったのだが、特に若い頃は「ありのまま」に自分を出すというのは難しい・・・、ブルックナーを聴きながらそんなことを思い出した。

bruckner_1_wand.jpg

ブルックナーの第1交響曲は原典というべきリンツ稿と、晩年に改訂したウィーン稿が存在する。僕の場合、このシンフォニーを初めて聴いたのはギュンター・ヴァントがケルン放送響を指揮して録れたウィーン稿による当時珍しい音盤によってだった。ドイツ・ハルモニア・ムンディの懐かしいLPはいまだ手元にあるが、宇野功芳先生による「リンツ稿とウィーン稿の差異」を細かく分析した解説書が貴重。荒々しい野人の原典を耳にしたことがなかった僕はこの洗練された新たな音楽からこの作品を知ることになるのだが、後にリンツ稿を聴いたときは本当に驚いた。メロディや楽曲構成は同じだとしても、聴こえる音はまるで違っていたから。強いて言うなら、ウィーン版は田舎者の癖にかっこうをつけて、いかにも東京人だとみせかける似非都会人。一方、リンツ版は作曲者の原点であり、等身大。野人丸出しの田舎者。ブルックナー自身は、後年この作品を称して「生意気な腕白娘。私がこれほど大胆で生意気だったことはない。自分はまさに恋する馬鹿者のように作曲したのである」と表現したそうだが、それのどこが悪いのか?昔の僕ならひょっとすると同じように考えたと思うが、今となってはもはや滑稽。取り繕うことなかれ、と言いたい。田舎者ブルックナーの本懐ここにあり、である。

ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(リンツ稿)
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団

ここのところこの指揮者は東響に客演して名演奏を残しているようだが、実演にも音盤にも触れていないので多くを語ることはできない。それより、僕にとっては20年近く前ジュネーヴのヴィクトリアホールで触れたコンサート。その時の名演奏の記憶がいまだに脳裏を離れない。

ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(ウィーン稿)
ギュンター・ヴァント指揮ケルン放送交響楽団

とはいえ、作曲家の人生の紆余曲折ともいうべきスタイルで化粧されたウィーン稿も実に魅力的。なぜなら、決して「嘘」じゃないから。そう考えると、両方とも捨てがたい。それぞれの歳の真実がそこにはありそうだから・・・。

垢抜けてなどいなくて良いが、成長は大事。ということで、ウィーン稿は「背伸び」ではなく、ブルックナーの「成長」の証だと勝手に決めることにする。並べて聴くと極めて愉しい。


6 COMMENTS

雅之

こんばんは。
あの日
http://www.munetsuguhall.com/concert/201010/20101024M.html
あたりから、シューマンやらショスタコやらで、今私はブルックナーについてのコメントどころではありません。ご紹介のCD、両方必聴盤、大好きな盤ということで本日は許して下さい(笑)。
>それぞれの歳の真実がそこにはありそうだから・・・。
人は絶えず変化しながら成長するものですね。
それぞれの歳の真実がそこにはありますよね、作曲家も演奏家も、私達も。
「シューマン:ヴァイオリンソナタ集  Tomoko Kato plays Shumann」
演奏: 加藤知子(ヴァイオリン)江口玲(ピアノ)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E9%9B%86-Tomoko-plays-Shumann/dp/B001VJLWKG/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1287834500&sr=1-1
加藤知子さんによるCDのライナーノーツから。
「曲は何でもやりたいものでいいから、録音しない?」
久しぶりにお会いしたお会いした高木さんに声をかけて頂いたのは、一昨年の暑い夏の日。
数ある曲の中から「シューマンのソナタをやってみたい」という答えが出るまで、さほど時間はかかりませんでした。
実を申せば、かつてこのヴァイオリン・ソナタは、私にとって野菜の「セロリ」とよく似た存在だったのですが・・・。
子供の頃、何度試しても苦手だったセロリ。
年を経て、いつの間にか嫌だった香りも、強い繊維も、逆に「逆にそれが無ければセロリらしくない!」に激変。
ソナタといえば、次々と「溢れ出る彼の思い」を思うまま書き連ねてあるようで、
もう少し整理してくれればよいのに・・・
と思っていたのが、どうしたことか、近年その「書き連ね」「溢れる思い」こそが、シューマンらしくいとおしいと感じるように変わってきたのです。
まさに好きと嫌いは紙一重!
ここまで極端な例は、他の作曲家ではなかなかありませんが、
それだけシューマンが元々気になる存在で、また魅力的だということでしょう。
あまり演奏される機会の多くないこのソナタ。
繰り返し読み進めながら、ピアノの前に座り音を紡いでいたシューマンの姿に思いを馳せ、
彼の言葉に耳を傾けるその作業は、とても楽しいものでした。
以前よりマッチョで逞しい感じになった江口さん。
すばらしいピアノで、シューマンの思いにお付き合い下さりありがとうございました。
またスタッフの方々にもお世話になり、この場をお借りして心から感謝申し上げます。
本当は好きだったシューマン。
時を越えて一緒に過ごせたステキな時間でした。ありがとう!

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じゃじゃ馬

連投すみません。
雅之さんのコメントに反応^^
江口玲、大好きなんです…。
ピアノ科出身でなく、作曲科出身!といった演奏が大好きです。
十分に情緒的で音楽的なのに、きちんと曲の構造を聴いてる側に示せる数少ないピアニストだと思います。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
あの日のコンサートはやっぱり良かったですか!!
そんなときにブルックナーどころではないですよね(笑)。
それにしても加藤知子さんの文章、なかなか的を射てますね。
シューマンについて同じような感覚を持っている人は多いのではないでしょうか?雅之さんほどのシンパではない僕もそんな印象を持っていました。
ただ、ここのところシューマンのソナタ2番がやたら家で流れます(妻が練習のため)。そうすると愛着が妙に湧いてくるんですよね。良い曲だな、と。不思議なものです。

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雅之

>じゃじゃ馬様
江口玲、大好きなんです…。
200パーセント以上∞同感です!!(笑)
因みに日曜日に聴いた《徳永二男 ヴァイオリンリサイタル》
http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-551/index.php#comment-3849
での、伊藤恵さんのピアノも江口さんとは違うタイプでしたが、恐ろしいくらい曲への共感溢れ、かつクオリティの高い演奏で、彼女の演奏のほうを絶賛する聴衆が多くおられました。私は二人とも好きです。
金曜日に九州でシューマンのPコンを演奏し、
http://orchestra.musicinfo.co.jp/~kyukyo/kyukyoFiles/Concert/2010tenkura/tenkura_1010_s3.html
土曜日に東京に戻り、日曜日に名古屋でリサイタルのピアノを完璧にこなす・・・、そんな多忙さなど微塵も感じさず、シューマンのスペシャリストぶりを存分に発揮した、立派な演奏でした(29日金曜日の紀尾井ホールも、さぞいい演奏になるでしょうね。名古屋での徳永さんも、男らしい気魄に満ちたヴァイオリンでした)。
ピアノでは、江口さんや伊藤さんや小山さんを聴き、そして締めくくりに愛知とし子さんによる最高のシューマンやベートーヴェンが聴く贅沢をしたら、もう今年ルプーは全然必要なかったと思っています。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>締めくくりに愛知とし子さんによる最高のシューマンやベートーヴェンが聴く贅沢をしたら、もう今年ルプーは全然必要なかったと思っています。
いやいや、それは言い過ぎじゃないですか!?(笑)

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