ボストリッジ&ドレイクのシューベルト歌曲集(1996録音)を聴いて思ふ

気温がマイナスを記録する酷寒の日には、温かい歌を聴いて暖まるのが良い。

フランツ・シューベルトが25歳の時に書いた「わたしの夢」と題する散文には、彼の奇蹟的な創造の源泉が垣間見られ、興味深い。内なる悲しみが愛に転化され、美しい音楽が生み出される。そして、その愛のこもった歌を歌うときにはそこから内なる悲しみが自ずと匂い立つのである。

神々しい思念が、乙女の墓碑から明るい火花のように絶えず放射され、静かな音をたてながら、若者たちに降りそそいでいるように見えた。それを見て、わたしもその輪のなかに加わりたくなった。しかし、その輪のなかに入るには奇蹟が必要なのだと言われた。わたしはゆっくりと、でも敬虔な思いと確固とした信念をもって、目を伏せたまま乙女の墓碑に近づいて行った。すると、いつのまにかわたしは輪のなかにいた。その輪はこの世ならぬ妙なる諧音を奏でていた。わたしは永遠の至福が一瞬のなかに凝縮されたような感銘を受けた。父の心も打ち解け、わたしに愛を抱いてくれているのがわかった。
喜多尾道冬著「シューベルト」(朝日新聞社)P40

自我と他者の境界がなくなり、ゼロという状態になったときに、彼の魂からは幾百、幾千もの傑作がまるで自動書記の如く自然に現われたのだろう。

心のこもった、柔らかい、そしてまた優しい歌声を聴いて、20年前、僕は即座に虜になった。その美しさはもはや永遠で、今も燦然と輝きを放つ。

シューベルト:歌曲集
・ますD550(シューバルト詩)
・ガニュメートD544(ゲーテ詩)
・春にD882(シュルツェ詩)
・月に寄せてD196(ヘルティ詩)
・野ばらD257(ゲーテ詩)
・旅人の夜の歌IID768(ゲーテ詩)
・最初の喪失D226(ゲーテ詩)
・漁師D225(ゲーテ詩)
・漁師のくらしD881(シュレヒタ詩)
・夜と夢D827(コリン詩)
・こびとD771(コリン詩)
・音楽に寄せてD547(ショーバー詩)
・君はわがやすらいD776(リュッケルト詩)
・水の上で歌うD774(シュトルベルク詩)
・シルヴィアにD891(シェークスピア詩)
・連禱D343(ヤコービ詩)
・春のおもいD686(ウーラント詩)
・林の中でD738(ブルッフマン詩)
・ミューズの子D764(ゲーテ詩)
・旅人の夜の歌ID224(ゲーテ詩)
・幸福D433(ヘルティ詩)
・魔王D328(ゲーテ詩)
イアン・ボストリッジ(テノール)
ジュリアス・ドレイク(ピアノ)(1996.2&3録音)

ドレイクの、ピアノという楽器を超えた、透明なピアノ伴奏と、ボストリッジの詩や音楽を超えた霊感豊かな歌唱に言葉がない。

この世は日ごとに美しくなり、
この上どうなってゆくのか、見当もつかない、
花はとめどもなく咲きつづけてゆく。
あの一番遠い、一番深い谷も花ざかりだ―
さあ、あわれなこの胸も悩みを忘れるがいい、
いまこそ、なにもかもが移り変わる時だ。
「春のおもい」(ウーラント詩/西野茂雄訳)

絶望と希望の狭間にある愛こそがシューベルトの本懐であり、それを見事に歌いきるボストリッジの天才。

 

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