ワルターのベートーヴェン交響曲第7番&第8番(1958.1&2録音)を聴いて思ふ

beethoven_7_8_walter066どんな苦難や挫折があってもブルーノ・ワルターはとても前向きな人だった。これほど謙虚で愛に溢れる音楽家というのも珍しいのではなかろうか。そして、そのことは彼の回想録をひもとくまでもなく、残された膨大な録音を聴けば明らかだ。例えば、「苦悩」を音化することにかけてはおそらく随一であろうベートーヴェンの交響曲にしても、特に最晩年に自身の録音用オーケストラとして編成されたコロンビア交響楽団とのステレオ録音は、最小限の編成による演奏ということもあるのだろう、音響は透明度が高く、そして音楽は愛らしく時に崇高で、聴いていて甚だ幸せな気分にさせてくれる。

回想録「主題と変奏」の最後にワルターは次のように書く。

かくて人生と世界は、どれほど重要な異議をさしはさむ余地はあっても、全体としては私から良い成績証明書を与えられるのである。ところで、私がこの極度にきびしくてつらい学校を去るときは、その成績はどんな結果になるであろうか。それは、少年時代の話のなかで触れた、かつての学校時代の成績と、ほぼ同じような結果になるだろうと思う。私は模範生ではなかった。なんらかの必須科目で〈優〉をとったことはなかった―とったのは、唱歌だけだった。私は、しばしば悩みの種になった自分の重大な欠陥や、自分の犯した過失を認める。しかし、私が人生においてなし遂げたことがらのイメージは、少なくとも音楽においては良い点をもらって卒業することによって、ひょっとするといくぶん明るさを与えられるかもしれない。もしそうならば、私は自分の成績表を正当だと思い、そして満足することであろう。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P458

もはや彼の内側にはすべてに対する感謝の念しかなかったよう。何より自身が愛した音楽においては相応の自信があり、そのことによって世界(人類)に間違いなく貢献できたという自負があったことが伺える。そんなワルターの第7交響曲と第8交響曲。

ベートーヴェン:
・交響曲第7番イ長調作品92(1958.2.1, 3&12録音)
・交響曲第8番ヘ長調作品93(1958.1.8, 10, 13 &2.12録音)
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

第7交響曲終楽章アレグロ・コン・ブリオにおける一気呵成のテンポと金管の強調は、晩年で、しかも病み上がりの人とは思えない若々しさだが、あくまで冷静に音楽を作り上げる老練の響きが充溢しており、とても安心感がある。そもそも第1楽章序奏ポコ・ソステヌートからワルターらしい安定感のある音楽作りで、主部ヴィヴァーチェに入った瞬間の明快かつ余裕のある音楽に、彼の、人生と世界への多大なる感謝の念を感じずにはいられない。

第8交響曲も素晴らしい。総ての楽章が理想的なテンポとバランスで奏され(あくまで僕個人の好みなのだが)、実に心地良い。特に終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、想像以上に重心が低くテンポの遅い演奏だが、決してもたれることなくむしろベートーヴェンの本懐ともいうべき「歓喜」と「調和」の体現が在るのである。

ちなみに、ベートーヴェンは晩年にインド哲学に傾倒していたそうだが、となると「神の歌」を意味するヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」は当然読んでいたことと想像する。
この書では、何人も俗世間の荒波にもまれながら解脱することが可能であることを説くが、楽聖も生涯にわたる心身の非常な苦役の中、創造行為を通じて(意図せず)究極の境地に達っせんと結果的に努力させられたように思われるのだ。その最終解答がすでに1813年の交響曲第8番の内に垣間見られ、これこそが真の「歓喜の歌」ではないかと思わせるほど。そして、まさにその「歓喜」と「自由」、「調和」がワルター晩年の極めて自然体の演奏の中に溶け込んでいるのである。

アルジュナよ、彼は光明と活動と迷妄が現れた時それを憎まず、それが停止した時それを求めない。
彼は中立者のように静止し、諸要素によって動揺させられず、諸要素が活動するのみと考え、安住して動かない。
彼は苦楽を平等に見て、自己に依拠し(充足し)、土塊や石や黄金を等しいものと見て、好ましいものと好ましくないものを同一視し、冷静であり、非難と称讃を同一視する。
彼は尊敬と軽蔑とを同一視し、味方と敵とを同一視し、一切の企図を捨てる。このような人が、要素を超越した者と言われる。
上村勝彦訳「バガヴァッド・ギーター」(岩波文庫)第14章P116

「無門関」にある「不思善、不思悪」と同じく、二元を超えた「一」なる世界が聖バガヴァッドによって説かれる。
ブルーノ・ワルターによるベートーヴェンの第7交響曲と第8交響曲を聴いて空想した。

 

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