キルヒマイアー・ヴォーカル・コンソートのロッシーニ「小荘厳ミサ曲」を聴いて思ふ

rossini_petite_messe_solennelle_kirchheimer_vokal-consort108ベートーヴェンの時代、彼が嘆くほどロッシーニの人気が高かったという。ロッシーニの音楽が、(嫌な言い方をすれば)いかにも大衆迎合的な、人々の精神をこれでもかと鼓舞する要素に満ちることは確か。
ロッシーニが30代でオペラ界を引退し、その後は宗教曲やピアノ曲など、小さな作品しか書かなくなったその理由は明らかでないらしい。

その前に、リヒャルトとリヒターのウェーバー談義に加わる。ウェーバーが現れるまで、ある種の楽器(オーボエやクラリネット)のゾクっとするような音色にだれひとり気づかなかった。またベートーヴェンより以前に反復Repetitionの意味に気づいた者はいない。ロッシーニにおいては感覚的な効果を生む反復が、ベートーヴェンにあっては旋律のひとつのかたちをなしている。そこでは楽器編成も、調性も、すべてが関係してくる。
1870年12月7日水曜日
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記2」(東海大学出版会)P252

ベートーヴェンを絶対化するためワーグナーはロッシーニを引き合いに出す。ベートーヴェンにあっては無意識下の必然である創造が、ロッシーニにおいてはあくまで意識的な、あたかも人々を魅了するための、売るための道具としての、お金や社会的名声を得るための創造だったと言うかのように。手厳しい。

「よくあることさ。若い時分は天才だと思われながら、そのじつ、けして精神の成熟に達しないという例は、わたしにも覚えがある」。そして次のように続けた。「ドレスデン時代、レッケルに言ったものだ。自分は40までに全作品を書き上げたい。それまでは、あらゆる創造力と密接な関係にある性欲が失われることはないと思うから、とね。レッケルは大笑いさ。そしてこう言うんだ。ロッシーニならわからんでもないが、きみは奴とはぜんぜん違うんだぞ、と」。それからリヒャルトはふさぎ込んだ様子で、こう言い添えた。「年をとるにつれて、つのるのは悲しみばかり。もはや人生という万華鏡にさほど心を奪われることもない。奇蹟もあてにしなくなる。だが、この局面を乗り越えなくてはいけないね。そうすれば、年を経たなりの晴れやかな境地が訪れるだろう」。
1871年8月20日日曜日
~同上書P543

芸術の創造には性欲や食欲が旺盛であることが条件で、その意味ではロッシーニは俗世的なことをすべてやり切ったと(どこかで)判断したのだろうか。
ワーグナーの後期の傑作たちは、「局面を乗り越えた」上での「晴れやかな境地」に達するものだ。そして同様に、オペラで全欧を制覇したロッシーニの、晩年の崇高な作品群もすべて一聴の価値ある名作たちだ。

ロッシーニ:小荘厳ミサ曲(1863)
シモン・ビューヒャー(ピアノ)
アンドレアス・グラースレ(ハーモニウム)
トヌ・カリュステ指揮キルヒマイアー・ヴォーカル・コンソート(2012.7.28-30録音)

最晩年のジョアキーノ・ロッシーニが枯淡の境地にあったのかどうか、それはわからないけれど、変わった編成の「小荘厳ミサ曲」を聴いて、旋律のあまりの美しさと、シンプルで深い祈りの音調に思わず嘆息が漏れた。
キリエの、語りかけるように弾ける愉悦的なピアノ伴奏に神をも恐れぬ世俗性を見いだし、その上の4声の独唱と合唱が歌う何とも敬虔な旋律に聖俗の交わりを発見する。「主よ、憐れみたまえ」とロッシーニは、あくまで教会以外の場所で大衆に訴えるのだ。
30分に及ぶ「グローリア」、そして15分ほどの「クレド」は、ほとんどオペラのアリア集という態。さすがの作曲者の創作の腕も冴えに冴える。

「グローリア」と「クレド」がこの作品のクライマックスになることは間違いないが、しかし僕には、「奉献唱(オッフェルトリウム)」の、ベートーヴェンのソナタにも通ずる、涙なくして聴けぬ荘厳なピアノ独奏の音楽にロッシーニの魂の叫びが感じられ、以降の短い(ハーモニウムの前奏を伴った)「サンクトゥス」の神々しき美しさ、(ピアノ伴奏による)「おお、尊いいけにえ(オー・サルタリス・ホスティア)」のソプラノ独唱の可憐さ、そして「アニュス・デイ」の深い祈りに晩年のロッシーニの「純真」が聴き取れ、ここに彼の最晩年の「静けさ」と安寧を発見、一層の感銘を覚えるのである。

 

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