壮年のベートーヴェンも、老年の彼も、そして青春の彼も、ベートーヴェンはベートーヴェン。彼の作品には「永遠」がある。
モーツァルトの晩年の傑作、ディヴェルティメントK563に感化され、1794年に彼は作品3の弦楽三重奏曲を書き上げた。おそらく発表後すぐに別の楽器のためにアレンジしようという意向はベートーヴェンの内にもあったようだが、結局1807年になって作曲者の許可を得た上でクラインハインツがチェロとピアノのために編曲したという。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオのシンフォニックな主題は、チェロとピアノという編成を得て、男女の愛の応答の如く繊細で官能的な響きを増す。第2楽章アンダンテの、愉悦の囁きに楽聖の青春の謳歌を思う。2つの小さなメヌエットに挟まれた第4楽章アダージョの、後期の崇高さにも通じる静かな美しさに感応。そして、終楽章アレグロにモーツァルトにも似た精神の飛翔を見る。
先頃亡くなられた遠山一行さんのエッセイをひもといた。
ベートーヴェンは、自分の作品を友人や恋人に捧げたのですが、彼の心は、その先に、はるかに重い「人類」という観念を感じていたのでしょう。それが19世紀という時代の芸術家の運命です。彼らには、もう自分の音楽をきく人々の顔は本当には見えない。ベートーヴェンの聴衆は、今日から見ればはるかに少数で、現在のように2千人3千人が集まって彼のシンフォニーをきくということはない。しかし、彼は、百年後の音楽のそういう運命を確実に知っていたでしょう。
(ベートーヴェンと「後世」)
~音楽の手帖ベートーヴェン(青土社)P49
「確実に」かどうかはわからない。しかし、遠山さんが言うようにベートーヴェンには未来が見えていたようだ。
「人類」というのはひとつの観念であって、実際には沢山の人々がいるだけでしょう。しかし、音楽家の前にいるのは、一人一人の顔を失った新しい聴衆というあいまいな存在になり、音楽家は彼らとの対話に疲れて、個人の内面にのがれるロマン主義者になった。人類という観念をひとつの現実の力と感じ、その重荷にまともに耐える強い音の建築をつくり上げたのはベートーヴェン唯一人です。
~同上書P49
ベートーヴェンは今そこにあって、時間と空間を超えていたということ。それゆえ、周囲はついていけない人が多かった。その恋愛遍歴に比して結局彼が生涯の伴侶を持たなかったのにも、ひょっとすると彼の思考が次元をはるかに超えていたことが原因としてあるのかもしれない。
知られざるベートーヴェン
・チェロ・ソナタ変ホ長調作品64(弦楽三重奏曲作品3のクラインハインツによるチェロ&ピアノのための編曲版)
・マンドリン・ソナチネハ短調WoO43a(ベルガーによるチェロ&ピアノ編曲版)
・アダージョ変ホ長調WoO43b(ベルガーによるチェロ&ピアノ編曲版)
・マンドリン・ソナチネハ短調WoO44a(ベルガーによるチェロ&ピアノ編曲版)
・アンダンテと変奏ニ長調WoO44b(ベルガーによるチェロ&ピアノ編曲版)
ユリウス・ベルガー(チェロ)
ジョゼ・ガリャルド(ピアノ)(2010.3.12-14録音)
マンドリンのための作品たちは、まるで最初からチェロのための作品として書かれたように響く。ハ短調ソナチネと変ホ長調アダージョの、ベートーヴェンにしては珍しく哀感溢れる美しい旋律に心動く。また、「アンダンテと変奏」の主題に、後のヨハン・シュトラウスⅡ世の「とんぼ」の旋律を思う。ここには優しさと愛に満ちたベートーヴェンがある。
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