カンブルラン指揮読響第545回定期演奏会

yomikyo_20150213111今度の、カンブルラン率いる読響のヨーロッパ公演と同一プログラム。
今宵の収穫は、とにもかくにもバルトークのヴィオラ協奏曲とアイヴズの「答えのない質問」を実演で聴けたこと。

武満徹の「鳥は星形の庭に降りる」を聴いて思った。水と風の永遠。ハープのアルペジオの流れるような美しさと意味深さ。そして、その静けさを破る如くの弦楽器と打楽器の狂騒。五音音階を駆使した日本の美を表現せんとする武満の音に、「シッダールタ」のある一節を思い浮かべた。

ほんとに美しい川だ。私は何よりもこの川を愛している。私はたびたびこの川に耳をすまし、その目をのぞきこんだ。絶えず私はこの川から学んできた。川からはいろいろなことを学ぶことができた。
ヘルマン・ヘッセ著/高橋健二訳「シッダールタ」(新潮文庫)P64

不思議なタイトルを持つ、その音楽に溢れる祈りのエネルギーに感謝した。

そして、バルトークの遺作ヴィオラ協奏曲。作曲者の死後、弟子のシェルイが苦心の末補筆完成させたこの作品は、オーケストラの薄さが気にはなるものの、バルトークがほぼ完成させていたヴィオラ独奏パートのあまりの美しさに唸った。何より独奏者ニルス・メンケマイヤーの艶やかで深長な音響に冒頭から心が動く。死線を彷徨う作曲者の辞世の句、そう、まさに「白鳥の歌」でありながら、音楽には見事に生気が漲る。特に第2楽章アダージョ・レリジオーソの透明美・・・、そして終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの生きることへの執着、希望・・・。
アンコールは、バッハの無伴奏チェロ組曲第3番からサラバンド。繊細で柔らかい、ヴィオラ一挺による可憐な舞踊が披露された。

第545回定期演奏会
2015年2月13日(金)19時開演
サントリーホール
ニルス・メンケマイヤー(ヴィオラ)
日下紗矢子(コンサートマスター)
シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団
・武満徹:鳥は星形の庭に降りる
・バルトーク:ヴィオラ協奏曲(シェルイ版)
~アンコール
・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007~サラバンド(ヴィオラ版)
休憩
・アイヴズ:答えのない質問
・ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」
~アンコール
・ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第10番ホ短調作品72-2

後半、指揮者の希望によりアイヴズとドヴォルザークは続けて演奏されたが、フェイドアウト&フェイドインのような見事な音の流れに「答えのない質問」が「新世界交響曲」の前奏の役目を果たした。こういう発想自体が、カンブルランの音楽的センスの良さを証明する。素晴らしい演出である。
アイヴズの、調性音楽と非調性音楽の間を行き来する音楽の魔法に釘づけ。弦楽器の終始静けさに満ちた伴奏の上に、オルガン前にひとり佇むトランペット奏者の主題がどんよりと煌めく様の官能。木管群による応答のフレーズに抑圧の発露を思う。
続く「新世界」交響曲の怒涛の進軍に感激。第1楽章のコーダに向けての推進力は随一(提示部反復はなくもがな)。第2楽章冒頭はほとんど葬送のコラールのよう。テンポも理想的。第1楽章の主題が回帰し、例の「家路」として有名な旋律と交わる一点の爆発と安寧は破壊と創造のモニュメント。カンブルランの天才を思った。

それにしても、どの作品のどの部分においても音の立ち上がりの鮮やかさに舌を巻く。例えば、第3楽章コーダでの、第1楽章第1主題の回帰する場面での勢い。そして、終楽章における猪突猛進。
シルヴァン・カンブルランの棒は、緊張と緩和のバランスに優れ、呼吸が乱れず、音楽が常に颯爽と息づいている。決して音楽は無機的に陥らず、常に有機的な響きに満ちる。
アンコールのスラヴ舞曲も好演。

 

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