クリュイタンス指揮パリ・オペラ座管のワーグナー管弦楽作品集を聴いて思ふ

wagner_overture_preludes_arias_cluytens158恐るべき、実に充実したワーグナーの管弦楽曲集を聴いた。
何だかヒトラー率いるナチス・ドイツの侵攻を後押しするような過激性と、逆にその無謀な行為を拒絶するかのような悲哀と正義が内から感じとれる矛盾。ワーグナーの音楽には天使も悪魔もいることを証明する見事な演奏。

ヒトラーは準備期間の不足を考慮して、少なくともプログラムを減らすことは許し、ワーグナーがノルウェー沖の激しい嵐が吹き荒れる中で着想を得たという事実を引き合いに出して、「ニーベルンクの指環」と並んで、「さまよえるオランダ人」を望んだ。こうしてこのオペラは戦争の経過とある種の関係を持つことになった。1940年4月9日、ドイツ軍が宣戦布告なしに海からデンマークとノルウェーに上陸したからである。デンマークは上陸翌日に降伏した。ノルウェーは激しく抵抗したが、6月10日に降伏せねばならなかった。
ブリギッテ・ハーマン著/鶴見真理訳/吉田真監訳「ヒトラーとバイロイト音楽祭―ヴィニフレート・ワーグナーの生涯(下・戦中戦後編)」P70

およそドイツ的な重厚さとはほど遠い明朗で外向的な音が特長。「さまえよるオランダ人」序曲は、気のせいかまるでヒトラーが(上記のように)望んだような閃光を放つ。何という勇ましさ、何という愉悦、そして何という解放!!いや、しかしこの人はドイツ人ではないではないか!しかも、オーケストラはフランス産!!アンドレ・クリュイタンスの棒が激しく旋回する。

1940年5月10日、フランスへの攻撃が始まり、ドイツ軍は1914年の時以上の速度で侵攻し、マジノ線を突破した。ラジオから絶えず流れる臨時ニュースが、中立国オランダ、ベルギー、ルクセンブルクへのドイツ軍侵攻を伝えた。
~同上書P71-72

ワーグナーの音楽が雄叫びを挙げる。勇猛果敢な彼の音楽は確かに人々の魂を鼓舞する。こんな「マイスタージンガー」第1幕前奏曲は初めて聴いた。ほとんど聴く者を洗脳し、匍匐前進させるような麻薬性とでも言おうか。クリュイタンスの演奏は見事に攻撃的。同じく「ローエングリン」第3幕前奏曲の爆発。

6月30日、リハーサル開始時に、ティーティエンは関係者に向けたスピーチに、ヒトラーの言葉を引用した。「私たちがリハーサルを始める6月には、まだ戦争が続いているかもしれない。この場合、バイロイト音楽祭は戦乱の中にあっても、我々に与えられたドイツの文化遺産を、この聖地で上演してみせるドイツの潜在能力を表現し、国際世界に認めさせるデモストレーションとしなければならない。また、戦争が終結していた場合、バイロイト音楽祭はドイツが生んだ芸術が世界に波及してゆく、かつてない新しい時代の始まりを告げる狼煙となるべきであろう」。
~同上書P72-73

当時のバイロイトは「幻想」の中にあった。幸か不幸かナチス・ドイツに利用されたワーグナーの音楽は、ベルギー人の指揮による(ナチス・ドイツに相対したフランスのオーケストラの大演奏でその本領を発揮する。

ワーグナー:管弦楽作品集
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
・歌劇「タンホイザー」序曲
・歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
・歌劇「ローエングリン」~第1幕への前奏曲&第3幕への前奏曲
・歌劇「ローエングリン」~冒涜された神々よ(オルトルートのアリア)
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」~イゾルデの愛の死
リタ・ゴール(メゾソプラノ)
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ・オペラ座管弦楽団(1957&1959録音)

そして、人々を覚醒に導く「タンホイザー」序曲。冒頭の、管楽器合奏による「巡礼の合唱」の幾分抑制された提示から徐々に唸りをあげ行く音楽の力にアンドレ・クリュイタンスの類稀な力量を思う。中間部のヴェーヌスベルクの音楽は、官能性を排除したいかにも知的な音調。このバランス感覚こそがこの指揮者の本領発揮というところ。何より終結部に再現される「巡礼の合唱」の金管群咆哮の上品さ、崇高さ!!

そして、相変わらず「ローエングリン」第1幕前奏曲は最美。全編が祈りと静けさに満ち、クライマックスの金管も決してうるさくならない。
ちなみに、「イゾルデの愛の死」の妙な健全さには少々違和感。リタ・ゴールの声質は、どちらかというと魔性の女オルトルートのアリアに相応しい。

 

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