ラ・マニフィカ・コムニタのボッケリーニ弦楽五重奏曲作品11(2005.5録音)を聴いて思ふ

boccherini_quintet_11_1-3706今日は風が強く冷たかった。

すると胸がさらさらと波をたてるやうに思ひました。けれども又じっとその鳴って吠えてうなってかけて行く風をみてゐますと今度は胸がどかどかなってくるのでした。昨日まで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしてゐた風が今朝夜あけ方俄かに一斉に斯う動き出してどんどんどんどんタスカロラ海床の北のはじをめがけて行くことを考へますともう一郎は顔がほてり息もはあ、はあ、なって自分までが一緒に空を翔けて行くやうな気持ちになって胸を一ぱいはって息をふっと吹きました。
「風の又三郎」
「宮沢賢治全集7」(ちくま文庫)P350

風は人の心を刺激する。
寒空の中にあって冷えた身体を温めるのに癒しの音楽を聴いた。賢治との対比。
ルイジ・ボッケリーニの弦楽五重奏曲。燦々と降り注ぐ陽光に、暖かい風が吹く。

ボッケリーニ:
・弦楽五重奏曲変ロ長調G.271作品11-1
・弦楽五重奏曲ハ長調G.273作品11-3
・弦楽五重奏曲イ長調G.272作品11-2
・弦楽五重奏曲ヘ短調G.274作品11-4
・弦楽五重奏曲ホ長調G.275作品11-5
・弦楽五重奏曲ニ長調G.276作品11-6「鳥園」
ラ・マニフィカ・コムニタ
エンリコ・カサッツァ(ヴァイオリン)
イザベラ・ロンゴ(ヴァイオリン)
アレッサンドロ・ラナロ(ヴィオラ)
ルイジ・プクセドゥ(チェロ)
ヴィットリオ・ピオムボ(チェロ)(2005.5録音)

モーツァルトのような、明るさの中にある陰鬱な表情に、ボッケリーニの人生も紆余曲折、一筋縄ではいかなかったのかと想像した。どんな天才にも苦悩はあるものだ。ならば、目の前に起こるすべてを開き直って受け容れるしかない。

boccherini_quintet_11_4-6707それぞれに異なる音調を持つ作品たちに舌を巻く。何よりラ・マニフィカ・コムニタの心のこもった演奏に感動。
変ロ長調五重奏曲の優しさ。また、ハ長調五重奏曲の激情は、おそらくハイドンの方法と双璧。第2楽章ラルゲットの、涙に濡れる如くの何と愛らしい旋律!
そして、イ長調五重奏曲にある爽快な自然讃歌。
さらには、有名なホ長調五重奏曲第3楽章メヌエットの軽快さと小洒落た響きはラ・マニフィカ・コムニタならでは。
5つの楽章を持つ「鳥園」と題されるニ長調五重奏曲がことのほか素晴らしい。その名のとおり小鳥たちの楽園にあるような歌声が随所に木霊する。例えば、短いが深みのある第3楽章アレグロは溜め息が出るほどの美しさ。続く第4楽章テンポ・ディ・メヌエットの喜びとの対比が見事。

「先生、又三郎は今日来るのすか。」ときゝました。
先生はちょっと考へて
「又三郎って高田さんですか。えゝ、高田さんは昨日お父さんといっしょにもう外へ行きました。日曜なのでみなさんにご挨拶するひまがなかったのです。」
「先生飛んで行ったのすか。」嘉助がききました。
「いゝえ、お父さんが会社から電報で呼ばれたのです。お父さんはもいちどちょっとこっちへ戻られるさうですが高田さんはやっぱり向ふの学校に入るのださうです。向ふにはお母さんも居られるのですから。」
~同上書P352

風のように去りゆく音楽は、何だかとても悲しい。

 

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2 COMMENTS

雅之

>風のように去りゆく音楽は、何だかとても悲しい。

同感です。音楽は、いわば「風の結晶」でもあります。

・・・・・・やがて太陽は落ち、黄水晶(シトリン)の薄明弩(はくめいきゅう)も沈み、星が光りそめ、空は青黝(あおぐろ)い淵になりました。・・・・・・

・・・・・・その黄金(きんいろ)のまひるについで、藍晶石(らんしやうせき)のさわやかな夜が参りました。・・・・・・「連れて行かれたダアリヤ」(筑摩書房『新校本 宮沢賢治全集』所収)

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