ヘルムート・ヴァルヒャのバッハ「6つのトリオ・ソナタBWV525-530」を聴いて思ふ

bach_trio_sonata_walcha160信仰心篤かろうとそうでなかろうと、バッハのオルガン曲はどんな人々の心へも直接に響く。
これこそまさに癒しの音楽。
涙にくれるヘルムート・ヴァルヒャ。楽器の特性か、どちらかというと「哀惜」の調子に満ち、大地に根を下ろした深く重い低音と天にも通じるような高音を持つ、これほどに人心を揺さぶる音色はない。
例えば、傑作「マタイ受難曲」及び「ヨハネ受難曲」とほぼ同時期、ライプツィヒ時代に生み出されたとされる6つのトリオ・ソナタ(BWV525-530)。

数年にわたって毎週のように生み出された教会カンタータ作曲の合間に生み出されたものなのかどうなのか。現存する200超のカンタータを聴いてみるとわかるように、激務の中で爆発し、何ものからか解放されるバッハの魂がそこにあり、一方で解放後の昇華、妙なる安息がトリオ・ソナタには在る。感性と理性を超え、悟性とひとつになるようなあまりの崇高さ。

いったい誰がただで働いたり、奉仕したりするでしょう?
(1730年8月、ライプツィヒ市参事会宛上申書)
加藤浩子文/若月伸一写真「バッハへの旅」(東京書籍)P258

バッハは何も精神性だけで音楽を創造したのではない。すべてはあくまで仕事だったわけで、即ち必要に迫られて生み出されたもの。しかしながら、トリオ・ソナタなどは自らの魂を癒すために、すなわち自身の自発的創造意欲がもたらしたものだろうと思いたくなるような内向性を秘める。3声による、そして緩急緩という3つの楽章をもつ6つの作品はどこからどう聴いても寂しさと静けさに支配される。

J.S.バッハ:オルガン作品全集
・トリオ・ソナタ第1番変ホ長調BWV525(1956.9録音)
・トリオ・ソナタ第6番ト長調BWV530(1956.9録音)
・トリオ・ソナタ第2番ハ短調BWV526(1969.9録音)
・トリオ・ソナタ第3番ニ短調BWV527(1969.9録音)
・トリオ・ソナタ第4番ホ短調BWV528(1969.9録音)
・トリオ・ソナタ第5番ハ長調BWV529(1969.9録音)
ヘルムート・ヴァルヒャ(オルガン)

第2番ハ短調第2楽章ラルゴの優しき調べ。高音部の神秘的な旋律に感涙。第3番ニ短調第1楽章アンダンテの懐かしさに感無量。そして、第4番ホ短調第1楽章のアダージョからヴィヴァーチェに移る瞬間の研ぎ澄まされた官能。続く第2楽章アンダンテの仄暗い静謐さと美しさ。

それにしてもヴァルヒャの演奏は実に自然。と同時に、バッハの深層を抉るかのような静かな慟哭に驚きを隠せない。

ライプツィヒでの彼の日常は決して平穏なものではなく、むしろ苦しみ、戦い、そして失望の多いものであった。上司に対するバッハの反抗と無視、どちらかといえば怒りやすく頑迷な態度等々の欠点は、数多く察知できる。しかしだからといって、モーツァルトの多分にだらしない生活や、ベートーヴェンの傲岸な挙動が、彼らの音楽の価値を少しも損ねることがないように、それがバッハの音楽の価値を損ねるものではない。市民生活では欠点も多く、決して聖人ではなかったが、芸術の中では自己の名声のためにあるいは世評をうるために戦うようなことがなかった。
音現ブックス11「J.S.バッハの音楽宇宙」(芸術現代社)P162

決して聖人でなかったところがミソ。俗人バッハの広大な宇宙がヘルムート・ヴァルヒャによって再現されたとき、そこには神が降臨する。

 

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