ゲルギエフ指揮ロンドン響 プロコフィエフ 交響曲第5番変ロ長調作品100(2004.5Live)ほか

祖国愛の目覚めの音楽。
戦争はナショナリズムを刺激する。

第二次大戦が勃発した時、私は各人がなんらかの形でこれに参加すべきだと考えた。私は前線の兵士を勇気づけるために行進曲や歌曲を作った。だが事態の深刻さはより規模の大きな、壮大な作品を求めているように思われた。私はついに交響曲の構想に思い当たったのである。
(セルゲイ・プロコフィエフ)
UCCP-1118/21ライナーノーツ

芸術にとって負の事態は、大いなるきっかけを作る種だといえる。
戦時中のソヴィエト連邦の裏側。

晩年のスターリンは芸術と現実を意識的かつ無意識的に混同していたかのように思える。映画の細部に異常なこだわりを見せる一方、彼自身のいいように事実は作り変えられていった。換言すれば、ソヴィエト芸術全体がスターリンという一人の人間の好みに合わせて作られていったといっても少しでも過言ではない。『ベルリン陥落』でもっとも荒唐無稽なのは、スターリンがポツダム会談に臨むために飛行機で空港で降り立つ場面である。オリュンポスの丘から天下るごとき解放者スターリンを、ヨーロッパの労働者や強制収容所の囚人たちが熱く迎える。このシーンが事実と完全に矛盾していることはいうまでもない。飛行機嫌いで、傍には絶対に他人を近づけなかったスターリンがこれほど無防備な姿をさらすことなどありえなかったからである。
亀山郁夫「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」(岩波書店)P310-311

愚かな人間の我(エゴ)によって歪められた作品であっても、天才であればその枠をギリギリ保ちながらもその枠を超える音楽を生み出せるのだということがわかる。
ショスタコーヴィチもプロコフィエフも、上手かった。

プロコフィエフ:
・交響曲第4番ハ長調作品47(1930年オリジナル版)(2004.5.2Live)
・交響曲第5番変ロ長調作品100(2004.5.2&6Live)
ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団

独ソ戦のさなか、スターリン権力は、挙国一致の気運を盛り上げ、何にもまして愛国的気分を鼓舞するためにロシア正教会と手を結ぶ。戦時中に作曲された音楽は、プロコーフィエフのオペラ『戦争と平和』に示されるように、そのほとんどが民族主義的な色合いを特色としていた。そうした現象はおのずから国際共産主義運動の原点としてのインターナショナリズムの理念の後退を意味するものとなり、そこから生まれる緩みは、ユダヤ人排除の気分をいやおうなく押し上げていった。
~同上書P279

僕は長らく交響曲第5番変ロ長調を苦手としていた。よくわからなかった。
堅牢な、と表現できるが、どうにも頑なさを感じる、ドイツ的な構成を借りた、あまりに窮屈な体制への迎合音楽としか僕には思えなかった。
他の指揮者の演奏と圧倒的違いが何かはわからないけれど、その状況をゲルギエフが救ってくれた。この作品に内燃する情動は明らかにナショナリズムからの発露だと思われるが、そういう信念がゲルギエフの内側にあり(いつぞや聴いたサントリーホールでのウィーン・フィルとの「悲愴」の実演、あるいは、東響との同じく「悲愴」の実演でもそれは発揮されていた)、見事に戦闘的な(?)勝利の音楽として顕現されている。

ゲルギエフ指揮東京交響楽団「チェスキーナ・永江洋子メモリアルコンサート」 ゲルギエフ指揮東京交響楽団「チェスキーナ・永江洋子メモリアルコンサート」

第1楽章アンダンテの力強さ。

第2楽章アレグロ・マルカートの軽快な歓び。

第3楽章アダージョは、清澄な調べを持ち、同時に(曖昧なところのない)堂々たる革新的音楽が展開される。

そして、終楽章アレグロ・ジョコーソの、勝利への凱旋の如くの音楽こそが、ゲルギエフの表現の結論であり、プロコフィエフの祖国への信頼を表す最高のものだ(音楽は、魑魅魍魎、後輩ショスタコーヴィチの影響下にあろう)。

ゲルギエフ指揮ロンドン響 プロコフィエフ 交響曲第4番(オリジナル版)(2004.5.2Live)ほか ゲルギエフ指揮ロンドン響のプロコフィエフ交響曲第7番を聴いて思ふ ゲルギエフ指揮ロンドン響のプロコフィエフ交響曲第7番を聴いて思ふ ゲルギエフのプロコフィエフ「交響曲第2番&第3番」を聴いて思ふ ゲルギエフのプロコフィエフ「交響曲第2番&第3番」を聴いて思ふ

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