グールドのバッハ「小プレリュードとフーガ集」を聴いて思ふ

bach_preludes_fugues_inventions_gould203ベートーヴェンの第5交響曲の例の有名なモティーフ。

後にモールス信号が考案された際、このリズムと同じ・・・―がVとされたため、世界大戦中、勝利のVサインを表わすリズム=曲として、シンボル的な扱いを受けたことは知られている。後世の作曲家の使用例の殆どはその発想と同一線上にあり、畳みかけるように興奮を煽る効果や、戦闘的なエネルギーを利用し、文字通り「運命的な告知」や「闘い」のモティーフ、もしくはそのネガたる(ポジというべきか?)「勝利の象徴」として用いられているものが多いのだ。
金子建志編・解説「朝比奈隆交響楽の世界」(早稲田出版)P107

確かにあの主題が後世に与えた影響は大きい。しかし、果たしてベートーヴェンは「興奮を煽る効果」や「戦闘的なエネルギー」を意図して書いたものなのか、実に疑問。僕などは後の時代の影響よりどちらかというと楽聖があの旋律をどこから拝借してきたのかに興味がある。

音楽的にまったくの素人の僕などは、例えばバッハの前奏曲とフーガニ長調BWV874のフーガを聴くと、その主題がどうしてもベートーヴェンの交響曲第5番冒頭の有名な主題に聴こえてならない。グレン・グールドの、いかにも恣意的だけれど不思議に心を動かす演奏を聴いている時はそんな風には思わなかったのに、グスタフ・レオンハルトのチェンバロ演奏による躍動感溢れるフーガを耳にしてそんなことを思った。
調性も異なり、音楽の形式も違うゆえ、まさかベートーヴェンが無意識にこのフーガの影響を受けたのかどうか、それはわからない。その上、そんな話はどこからも聞いたことがないのでおそらく勝手な僕の思い込みから生じる空耳だと思う。
とはいえ、仮にベートーヴェンがこのフーガにインスパイアされたとするなら真に面白いではないか。当時忘れられた存在であったヘンデルやバッハに光を当てるベートーヴェンの先見(天才)とでも言うのか・・・。
ちなみに、第5番には交響曲史上楽器編成に初めて「神聖なる」トロンボーンが導入される。ならば、楽聖の意図はやっぱり神の賛美ではないか。そこには人間を超越した「何か偉大なるもの」が横たわるように思うのだ。

ヨハン・セバスティアン・バッハがケーテン時代に残した数多のクラヴィーア曲はいずれも素晴らしい。この人が後世の音楽家に多大な影響を与えたことが、これらの作品群を聴くだけで如実にわかる。
久しぶりにグレン・グールドを聴いた。

J.S.バッハ:
・6つの小前奏曲BWV933-938(1979&80録音)
・前奏曲とフゲッタBWV899, 902, 902A(1979&80録音)
・小前奏曲BWV924-928, 930(1979&80録音)
・3つの小フーガBWV952, 961, 953(1979&80録音)
・前奏曲とフーガBWV895, 900(1979&80録音)
・インベンションとシンフォニア(1963&64録音)
グレン・グールド(ピアノ)

バッハの音楽は極めて頭脳的だ。計算のうちに成り立ち、見事に整理整頓されながら一方で深く崇高な感性が漲る。まさに全脳的音楽。
興味深いことに、グールドの弾く前奏曲とフーガイ短調BWV895のフーガにもベートーヴェンの第5の主題が木魂する(ように僕には聴こえる)。このぽつぽつと音が途切れる、色気も愛嬌もないグールド流音の連なりに他の何ものにも優る愛情を僕は感じるのである。
なるほど、ベートーヴェンの第5番も全脳的な音楽だ。緊張と弛緩のバランスが調い、しかもこれほどに凝縮された感覚美は楽聖の9つの交響曲の中でも随一。

ところで、インベンションとシンフォニア。30年近く前、CD黎明期のこの2枚組セット(CBS/SONY 56DC265-6)はあまりに音圧が低く、実に残念な音質。最新のリマスター盤であらためて聴いてみたいところ。

 

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1 COMMENT

畑山千恵子

グールドは輸入盤でも買ったりしました。こちらは音質もよい方です。ヘレン・メサロスの大著の訳を続けていて、グールドは生涯母親から自立できなかったことがわかりますね。

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