ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管のプロコフィエフ歌劇「戦争と平和」を聴いて思ふ

prokofiev_war_and_peace_gergiev204あらゆる芸術は自己の表現欲求を源にすると思うのだが、ベクトルが内(自身)を向くケースもあれば、それが外(世界)を向くケースもあるようだ。とはいえ、どうやら自己と世界をひとつにするという力が働いた場合にのみ永遠不滅、普遍的な音楽が生れるのだと僕には思えてならない。

ショスタコーヴィチはマーラーのように、自らの内面的な生活を脚色してみせる類い稀な才能を持っていた。自分自身の運命と自国や世界の運命とを区別して見てはいなかった。それとは対照的にプロコフィエフとシュトラウスは「自己信奉者」で、世界が自分の周りを回っているという姿勢を維持しようと努めた。作曲の仕事についてもより実務的、実用的に携わっていたため、二人とも結果として過小評価されることになった。
アレックス・ロス著/柿沼敏江訳「20世紀を語る音楽」(みすず書房)P250

プロコフィエフやリヒャルト・シュトラウスが過小評価されているとは思えないが、ショスタコーヴィチの数多の傑作群に比較すると何かもうひとつ物足りなさを感じるのは確か・・・。(失礼)

例えば、セルゲイ・プロコフィエフの作品、特に亡命から帰国した後の音楽は、体制にどこか迎合するような音調が否めない。どの瞬間も、穿った見方をすれば農民を想像させるような土っぽい匂いを感じさせるもの。なるほど、子どもの頃によく耳にした、懐かしい特撮映画のBGMを思い起こさせるような、重厚でありながら安っぽくもあり、そのシーンを見事にうまく想起させる力に漲る。それゆえか、特にオペラなどはその舞台に触れずとも音楽だけで相応に楽しめるのである。

ナポレオンのロシア侵攻を舞台にしたトルストイの大河小説「戦争と平和」を原作にしたプロコフィエフのオペラは、まさにヒトラー率いるナチス・ドイツがソビエト連邦との不可侵条約を破って侵攻した1941年から書き始められたもの。そして、死の直前まで十数年に渡り推敲を続けたこの舞台作品には、祖国への愛と同胞への信頼が見事に刻み込まれる。中に垣間見える平和へのメッセージこそ不穏な空気漂う昨今に相応しい。

・プロコフィエフ:歌劇「戦争と平和」作品91
アレクサンドル・ゲルガロフ(アンドレイ・ボルコンスキー公爵)
リュドミラ・カヌニーコワ(マリヤ・ボルコンスカヤ公爵令嬢)
ウラディーミル・オグノヴェンコ(ニコライ・ボルコンスキー公爵)
エレーナ・プロキナ(ナターリャ・ロストワ伯爵夫人)
セルゲイ・アレクサーシキン(イリヤー・ロストフ伯爵)
スヴェトラーナ・ヴォルコワ(ソーニャ)
ゲガム・グリゴリアン(ピョートル・ベズーホフ伯爵)
オリガ・ボロディナ(エレン・ベズーホワ伯爵夫人)
ユーイ・マルーシン(アナトール・クラーギン公爵)
アレクサンドル・モロゾフ(ドーロホフ中尉)
イリーナ・ボガチョワ(マリヤ・アフロシーモワ)
エフゲニア・ツェロヴァリニク(ペローンスカヤ夫人)
ニコライ・オホトニコフ(ミハイル・クトゥーゾフ公爵)、ほか
ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・キーロフ歌劇場管弦楽団&合唱団(1991.7.7-14Live)

原作の550人を越す登場人物を、歌わない役も含め(それでも)67人(!)にまで絞り込んだ壮大な音ドラマ。エピグラフ以降の特に戦争を扱ったシーンなどは実にリアル。ムソルグスキーにも通じる赤裸々で直接に心に響く旋律美。ゲルギエフの棒がうねり、魂は炸裂する。

ジェニーソフの登場によってアンドレイ公爵にナターシャ(ナターリャ・ロストワ伯爵夫人)への想いと彼女の裏切りの苦しみが蘇るシーンの官能。

彼女(ナターシャ)は神秘な力に満ち溢れているかのようにみえた。彼女のこの魂の力を私は理解し、それを愛した。あの率直さを、あの真剣さを私は愛し、そして本当に幸せだった。
(高木昭夫訳)

そして、第9景、ボロジーノ平原のナポレオン軍のシェヴァールジノ保塁での、勝利への不安に慄くナポレオンの心境を示す音楽はプロコフィエフの独壇場。ここでの深く重い打楽器の響きはそれこそ若きゲルギエフの真骨頂。クライマックスはやはり重症のアンドレイ公爵が苦悶する中ナターシャが現れ、許しを求める第12景か(2人が恋に落ちた舞踏会のワルツが悲しく響く)。

オートラードノエであなたにお会いしたその日から私はあなたは愛し始めました。こんなことって、こんなことって、一度もなかったわ。一度もなかったわ。あなたは私にとって全てとなられたのです。
(高木昭夫訳)

しかしながら、アンドレイ公爵は絶命・・・。
ここはエロス(性愛)とタナトス(死)の同化の極致だが、プロコフィエフの音楽はいかにも現実的。もし仮にショスタコーヴィチがこのシーンに音楽を付けたならどうなっていたのか、空想するだに面白い。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

これはオペラも見てきました。プロコフィエフの傑作の一つですね。プロコフィエフの最初の妻リーナは離婚と同時に強制収容所に送られ、そこで生涯を終えました。リーナはスターリニズムを嫌っていましたから、こういう不幸なことになりましたね。

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