マティス フィニレ シュライアー アダム オーストリア放送合唱団 マッケラス指揮オーストリア放送響 ヘンデル/モーツァルト オラトリオ「メサイア」K.572(1974.1&2録音)

イエス・キリストを救世主として賛美するヘンデルの傑作オラトリオ「メサイア」。

1742年4月13日に行われた《メサイア》の初演は、400ポンドの事前収益を上げ、劇場関係者142名を債務者用監獄送りから救った。1年後、ヘンデルはこの作品をロンドンで上演した。国教会から提起された論争で悩まされ続けていたが、イギリス国王ジョージ2世が演奏会に来た。勝利にあふれた「ハレルヤ・コーラス」の第一音が鳴り出すや、国王は立ち上がった。国王への儀礼に従い聴衆もすべて立ち上がり、それ以来、この伝統は2世紀を超えて現在に受け継がれている。
この事件からほどなくしてヘンデルの運命は劇的に改善し、苦労の末に得た人気は在世中不動のものとなった。長い生涯を閉じる頃、《メサイア》はすっかりおなじみの上演曲目になっていた。他の作曲家に与えた影響力たるや恐るべきものである。後日ハイドンが「ハレルヤ・コーラス」を聴いた時、子供のように泣きじゃくり、大声で叫んだ。「ヘンデルこそ我々すべての師だ!」

パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P32

事の真偽は不明。しかし、ハイドンやモーツァルトも夢中にさせた「メサイア」は間違いなく本物だ。

ウィーンに移って間もない頃、モーツァルトはスヴィーテン男爵邸に通い、そこでヘンデルやバッハの音楽に出会ったようだ。

・・・ぼくは毎日曜日の12時に、スヴィーテン男爵のところへ行きますが、そこではヘンデルとバッハ以外のものは何も演奏されません。
ぼくは今、バッハのフーガの蒐集をしています—ゼバスティアンのだけではなくエマーヌエルやフリーデマン・バッハのも。それからヘンデルのも。そしてぼくのところには、この〇〇だけが欠けています。そしてぼくは男爵には、エーバリーンのものも聴かせてあげたいのです。イギリスのバッハが亡くなったことは、ご存じでしょうね。音楽の世界にとって惜しむべきことです!・・・

(1782年4月10日付、ザルツブルクの父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P54

同時期、姉ナンネル宛にもモーツァルトは手紙を書く。話題はやはりヘンデルやバッハから学んだフーガのことだ。

このフーガ(前奏曲とフーガハ長調K.394(383a))が生まれた原因は、実はぼくの愛するコンスタンツェなのです。ぼくが毎日曜日に行っているファン・スヴィーテン男爵が、ヘンデルとゼバスティアン・バッハの全作品を(ぼくがそれをひと通り男爵に弾いて聴かせた後で)ぼくにうちへ持って帰らせました。コンスタンツェがそのフーガを聴くと、すっかりそれの虜になってしまい、もうフーガより他には、特に(この種のものでは)ヘンデルとバッハより他には、何も聴こうとしません。そこでぼくが時々、即興でフーガを弾いて聴かせたので、まだそんなのを書いたことがないのかと、尋ねました。その通りだ、と答えると、音楽の中でもいちばん技巧的な、いちばん美しいものを書こうと思わなかったのかと、さんざん悪口を言うのです。そして、フーガを一つ作ってやるまで、せがんでやまないのです。そんな風にして、これができました。
(1782年4月20日付、ザルツブルクの姉ナンネル宛)
~同上書P55-56

グールドのハイドン&モーツァルト(1958.1録音)を聴いて思ふ グールドのハイドン&モーツァルト(1958.1録音)を聴いて思ふ

それから数年後、スヴィーテン男爵はモーツァルトに「メサイア」の編曲を依頼する。
初演から半世紀も経たない頃とはいえ、音楽史の変遷は著しく、現代風(モーツァルト時代のことだが)のアレンジを求めての依頼だった。

しかしモーツァルトはヘンデルの作品を縮小したり部分的に改変したばかりではなく、むしろその楽器法を根本的に変えている。18世紀の後半には、—とくに進歩的なウィーンにおいて—音楽の趣味は激変した。ヘンデルのコーラスや旋律上の独創性に対して払われた尊敬の念にもかかわらず、アリアの構成は一様であるように見受けられた。ヘンデルの楽器法は「粗野」(ヒラー)また「流行遅れ」(ニッセン)と見られ、それはバロック・オーケストラの硬い響きのせいだとされた。この欠陥を補うため、モーツァルトの編曲においてはフルートやオーボエ、クラリネット、ファゴット、またホルンが、音楽の基本的な気分を詩的に表示するものとして現れる。例えばコーラス〈羊たちの行くごとく〉Wie Schafe geh’nでは羊の逃げる様が管楽器による8分音符の繰り返しによって生き生きと描かれている。
(アンドレアス・ホールシュナイダー/渡部惠一郎訳)
UCCD-4008/11ライナーノーツ

柔かく、瑞々しく、そして一層明るさを(それも俗的明朗さを)取り戻した名オラトリオのあまりの美しさ。

・ヘンデル/モーツァルト編曲:3部からなるオラトリオ「メサイア」K.572(ドイツ語版)
エディット・マティス(ソプラノ)
ビルギット・フィニレ(アルト)
ペーター・シュライアー(テノール)
テオ・アダム(バス)
レオンハルト・ヴァリッシュ(チェロ)
ヘルムート・ドイチュ(チェンバロ)
オーストリア放送合唱団
ゴットフリート・プラインファルク(合唱指揮)
サー・チャールズ・マッケラス指揮オーストリア放送交響楽団(1974.1&2録音)

ウィーンは、楽友協会大ホールでの録音。
半世紀以上が経過する録音だが、全編を通じて、明晰な音楽が披露され、合唱などはどのナンバーも魂が縦横に揺さぶられるほど感動的。

第1部第8曲合唱「私たちには、救済のために、ひとりのみどりごが生まれた」
第2部第32曲合唱「ハレルヤ!」
第3部第38曲合唱「その時死んで、その血によって私たちと神との和解をとりなした小羊こそ」
最後の合唱「アーメン」

終曲の壮麗なるティンパニの響きが音楽の荘厳さを一層際立たせる。モーツァルトの魔法なり。

マッケラス指揮オーストリア放送響 ヘンデル(モーツァルト編曲)「メサイア」K.572(1974録音)を聴いて思ふ

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