マックス・レーガーのオルガン作品を聴いて、なぜか何年か前に出逢った、1988年8月に16歳で急逝した堀明子さんの「しゃぼんだま」と題する詩を想った。
それは
ストローの先で生まれ
七色にかがやいていた
大きかったり
小さかったり
でも みんな
まんまるで
美しい
空で じゆうに
とびまわっている
だが 美しいものは
はかなくわれる
わたしはそれを
見まいとする
~「堀明子詩集―四季の色」(LESFEENA書房)P188-189
実に小学4年生の時の創造物。何という瑞々しい感性!何気ない日常に溢れる高貴な精神性。金子みすゞを想像させる、シャボン玉の儚さを歌ったこの詩に、時間と空間芸術である音楽の儚さを想ったのである。しかも、暴飲暴食を繰り返し、最期はあまりの肥満が遠因で亡くなったといわれる俗物根性丸出しのように見えたレーガーの、オルガンのための音楽をしてかの詩を喚起させるのだから、この多作の作曲家の魂というのはかなりの高貴さ(?)を実は纏っていたのかもしれない。
それにしても詩集のあとがきにある、堀さん逝去後に寄せられた担任の先生方の手紙に涙を禁じ得ない。
あなたは 短い人生を・・・人生というには あまりに短すぎるけれど・・・燃えて生き 精一杯生き 光のように 遠い星にいってしまわれた。
でも 私の心の中に みんなの心の中に あのやさしいほほえみと共に あなたは生きています。
野の花の中に 風のささやきの中に 木々のそよぎの中に きっと あなたがいるはずです。
(1988年8月27日付、近藤えり子先生からの手紙)
~同上書P282
人の魂は精霊と化すのである。レーガーの音楽にもまさに自然と一体となる魂が感じられる。
レーガー:オルガン作品集第1集
・B-A-C-Hの名前による幻想曲とフーガ作品46(1900)
・組曲ホ短調作品16(1894/1895)
・オルガン・ソナタ第1番嬰ヘ短調作品33(1899)
・12の小品集作品80(1904)抜粋
・オルガン・ソナタ第2番ニ短調作品60(1901)
ゲルハルト・ヴァインベルガー(オルガン)(2012&2013録音)
いずれもレーガーならではの複雑な対位法の為せる渋いながら濃厚で深みのある音楽。
例えば、第2ソナタに聴く、緊張と弛緩、そして喧騒と静寂の見事な対比。特に、第3楽章「序奏とフーガ」における多重に絡む旋律の完璧なつづれ織りに心動く。ここはある意味規範とされた先人バッハを凌駕する。
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