ヘンデルの世俗作品に聴こえる哀愁。いかにも日本の秋に相応しい。
季節外れのヘンデルは、フラウト・トラヴェルソの音色もリコーダーの音色も、その旋律は真に深い悲しみを湛える。
オペラやオラトリオや、いわゆる舞台作品の興業に奔走したヘンデルの生涯は、バッハとはまた違った意味で激動だった。どれほどのストレスだったのか、それは想像する以外に術はないが、数多の傑作舞台作品、そして宗教音楽のために創造力、そしてプロデュース力を使い果たした分、室内楽作品に見られる簡明かつ普遍的な美しさは僕たちの心を癒してくれる。
ヘンデル信者であったサミュエル・バトラーのソネット「死後の世界」より。
―死後の世界にヘンデルは住む、依然として尊大に。
空気のように見えず、触知できないが、
血肉を備えた生者に、自分が傍らにいるかのごとく、実効的に遺言の執行をさせる。
~山田由美子著「原初バブルと《メサイア》伝説―ヘンデルと幻の黄金時代」(世界思想社)P341
木管の懐かしい響きを耳にし、このソネットを読んで、冬木透が生み出した傑作のひとつ「ノンマルトのテーマ」を想った。「ノンマルトの使者」は名作「ウルトラセブン」の中でも1,2を争う深遠な思想を持つ物語。
アンヌ 「ノンマルトって何なの?」
真市 「本当の地球人さ」
アンヌ 「地球人??」
真市 「ずっとずっと大昔、人間より前に地球に住んでいたんだ。でも、人間から海に追いやられてしまゆったのさ。人間は、今では自分たちが、地球人だと思ってるけど、本当は侵略者なんだ」
アンヌ 「人間が、地球の侵略者ですって?」
真市 「・・・」
アンヌ 「まさか・・・まさか・・・」
真市 「(真剣な表情)・・・」
アンヌ 「君・・・ノンマルトなの?」
真市 「人間はずるい、いつだって自分勝手なんだ。ノンマルトを海底から追いやろうとするなんて・・・」
文明社会に生きる僕たち人間の愚かさが少年の言葉を借りて露呈されるという衝撃。
・ヘンデル:木管楽器のためのソナタ全集
有田正広(フラウト・トラヴェルソ)
花岡和生(リコーダー)
本間正史(オーボエ)
有田千代子(チェンバロ、オルガン)
鈴木秀美(チェロ)
堂阪清高(ファゴット)(1987.1, 2&6録音)
1枚目冒頭のフルートと通奏低音のためのソナタホ短調HWV379(作品1-1a)第1楽章ラルゲットの透明感。第2楽章アンダンテのフルートの繊細で軽やかな美しさ。そして、第3楽章ラルゴの哀感と終楽章プレストの生き生きとした愉悦。有田正広のフラウト・トラヴェルソの音は、どこをどう切り取っても「血肉を備えた生者に実効的に遺言の執行をさせる」よう。
あるいは、2枚目冒頭のリコーダーと通奏低音のためのソナタヘ長調HWV369(作品1-11)も、花岡和生の素朴なリコーダーに彩られ、音楽が息づく。第1楽章グラーヴェの深遠さ、続く第2楽章アレグロの軽快なスキップに見る楽観。さらには第3楽章シチリアーナに聴く慈愛と終楽章アレグロの高貴さ。
ヘンデルの世俗作品に聴こえる慈愛は、日本の初夏にも相応しい。
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