バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルのチャイコフスキー交響曲第5番(1988Live)を聴いて思ふ

tchaikovsky_5_bernstein_nyp319ほとんど確信犯的に、人を鼓舞する作品を書こうとして書いて、実際に人々がその作品に感化されればされるほど、自身の「安易さ」、「浅薄さ」を責めたチャイコフスキーは、真のクリエイター気質の人だったのだと思う。どれほど聴衆が喜んでも、あまりの常套的スタイルに独自性を認めることができず、繰り返し演奏されるたびに作品そのものの破棄すら考えたというのだから何とも真面目過ぎる。
実際はその後の歴史が示すように古今東西を代表する傑作であるにもかかわらず。
ホ短調交響曲は、実演ともなれば誰のどんな演奏でも大抵心が動く。

最晩年のバーンスタインの数々の録音はいずれもが濃厚な解釈で、はまれば大変な感動を呼び起こすものになったが、それでなければどうにもならない駄演に陥った。
残念ながら、この演奏は空虚だ。解釈が巨大に、そして大袈裟になればなるほど音楽は小さく薄っぺらいものに成り下がる。

なるほど、チャイコフスキーは無意識にこの交響曲にこれでもかと言わんばかりのエゴを刷り込んでしまった。作曲当初は、良かれとばかりに「苦悩から歓喜へ」というベートーヴェン以来のスタイルにこだわったものの、実際その再現に触れるたびにその形ばかりの「嘘っぽさ」に恥ずかしさを抑え切れなくなったのだ。

ところで、1978年6月に亡くなった妻フェリシアがバーンスタインによく漏らしていた言葉は、「せいぜい長生きしなさいね―一人きりで」だったそう。

やがて、フェリシアは肺癌で重体になった。最後の年に、彼女は家に戻ってきた夫に向かい、ほかの人たちがいる前で、自分が病気になったのは、あまりあなたに 苦労させられたのでその仕返しをするためだったかもしれないと言った。少なくとも、家族と親しい一人は、フェリシアがたびたびこう言ってバーンスタインを 罵っていたと語っている。「せいぜい長生きしなさいね―一人きりで」
ジョーン・パイザー著/鈴木主税訳「レナード・バーンスタイン」(文藝春秋)P470-471

実際、バーンスタインは自分以外の人間にスポットライトが当たるのがどうしても我慢ならない人だったらしい。

すでにフェリシアの診断はおりていた。往診に来た医者がフェリシアのベッドのところへ行こうとすると、バーンスタインがひきとめて、自分の鼻に小さな腫れも のがあるらしいのだがと指さしてみせた。フェリシアの死後、バーンスタインも悲しみはしたが、フェリシアのことではなく、自分がひどい罪悪感にさいなまれ ているという話ばかりしていた。
~同上書P472

バーンスタインの場合、いつもそこには「自分」があった。

肥大化したエゴは聴衆を感動させるが、白けもさせる。
なぜこの演奏に心が動かないのか?
そこには自己中心主義者バーンスタインの「大いなるエゴ」が投影され、いわばそれがどっちつかずの状態に陥っていたということだ。

チャイコフスキー:
・交響曲第5番ホ短調作品64(1988.11Live)
・幻想序曲「ロメオとジュリエット」(1989.10Live)
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

オーケストラの音色のせいもあるのだろうか、重厚なテンポでうねるはずの音楽がいかにも軽く聴こえるのはどういうことだろう?
それでもさすがに第2楽章の、静けさに溢れ沈潜してゆく音楽には、酷寒のロシアの大地の広大さが感じられ、チャイコフスキーの内なる哀しみと憧憬が見事に刻印される。

チャイコフスキーもバーンスタインも、分裂の苦悩(異性愛か同性愛か)のうちに常に在ったという意味では同じ種。あるいはいずれも究極のナルシストであったところも・・・。
バーンスタインに真に共感があり、チャイコフスキーと魂をひとつにする瞬間があったときには途轍もない名演奏が生れたのだろうが。
バーンスタインのチャイコフスキーを聴いて夢想する。

 

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