すべての楽章が静かに消えゆくように閉じられる交響曲第3番ヘ長調は、健全な(?)保守主義者であったヨハネス・ブラームスが、古典的な規範(形式)の中で暴れ回った革新的な傑作である。
それゆえか、おそらく再生は難しい。実演でも録音でもそうそう破格の名演奏に巡り会うことが少ない。
気のせいか、この曲を聴くたびに僕にはリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」が二重写しになる。ワーグナー信奉者であり、恩師でもあったリッターからのインスパイアだといわれるが、むしろモーツァルトやハイドン、ベートーヴェン、ブラームスの賛美者であった父フランツの影響―すなわち幼少からの深層の刷り込みが、創造行為に大いなる影響を与えたのではないのかとさえ思うのである。
シュトラウスの器は真に大きい。
シュトラウスの締めくくり方も同様にそっけない。ヴァイオリンの上行する急速な音階、静かな太鼓連打、さまざまな楽器に散らばった虚ろな和音、3回の強打、そして沈黙。
「ドン・ファン」は、皇帝の支配する領土に住む多くのミニ・ヴァーグナーの一人、作曲家で哲学者のアレクサンダー・リッターの影響下で書かれた。
~アレックス・ロス著/柿沼敏江訳「20世紀を語る音楽」(みすず書房)P16
オーケストラがうなり、駆け上がる冒頭、そしてそっけなく終わる終結は両作品に通ずる。
幼い頃からモーツァルトに対する敬愛に加えて、やっとブラームスの芸術に親しみを覚え始めていたシュトラウスにとって、友人であるリッターがリストやワーグナーの世界に惹かれているのは当然快いものではなかったようだが、彼の影響によって、ついにこれらの音楽のもっている大きな意味と力を認めるようになる。リッターは音楽の面でけでなく、この時代の精神のあり方の一面を代表するショーペンハウアーの哲学をシュトラウスに紹介した。またこの頃シュトラウスは、ビューローの親友でマイニンゲンのオーケストラの運営にも大きな発言力を持っていたブラームスとも、個人的に識り合う機会を得る。ブラームスの忠告や称賛によって、シュトラウスは大いに勇気づけられるが、事実、ブラームスが若きシュトラウスを高く評価していたことは、ビューローの言からも明らかである。
~日本リヒャルト・シュトラウス協会編「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」(音楽之友社)P11
なるほど、シュトラウスの偉大さは古典的保守と革新的「新ドイツ楽派(リストやワーグナー)」の両方を受け容れることのできる器があったことと、それらを見事に融和させ、独自の音楽世界を創造できたことにあった。
とはいえ、裏返せば、そこには先達たちの偉大さ、天才がある。
何よりブラームスの忠告や称賛が大きかったのではないのか、そして、彼は作曲の数年前に初演されたヘ長調交響曲にインスピレーションを得たのではないのか、そんなことを僕は妄想する。
ブラームス:
・交響曲第3番ヘ長調作品90
・ハイドンの主題による変奏曲作品56a
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
リリース当時一世を風靡したDGによるバーンスタインのブラームス全集。
さすがにオーケストラがウィーン・フィルということもあり、音楽の密度や豊潤な音の響きは素晴らしいものの、バーンスタインならもっと感情移入の激しい、より濃密な演奏を期待してしまうというのは僕だけだろうか?全楽章にわたってブラームスの音楽が十分に余裕を持って鳴り渡るのだけれど、どこか物足りなさを残す。
もし仮にシュトラウスがこの作品に影響を受けたとするなら、例えばビューローや初演指揮者であるリヒターらの解釈・表現は地獄に堕ちる放蕩者「ドン・ファン」の如く激しく、そして振幅が一層ダイナミックではなかったのか、それならばバーンスタインにもそんな再現を試みてもらいたいと夢想するのである。
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