アンサンブル・カルペ・ディエムの「トリスタンとイズー物語」(2006.12録音)を聴いて思ふ

tristan_et_yseult_arnaud367救いをもたらす純愛を得るのに必要な「死」というものは忌み嫌われるものなのか。誰もが「死」というものを怖れる。

どうも生と死とは古来相対するものであると考えられているようで、一対であること、すなわち同一のものだという考え方は多くの人にはないようだ。
人は生まれて以来死に向かって歩む。生と死とはひとつである。そして、生きることとはすなわち愛することであり、であるなら死とは同じく愛することだ。
そのことをリヒャルト・ワーグナーは知っていたのだろう。
形が変容しようと、「ほんもの」の持つ力と価値は永遠だ。あらためてワーグナーの天才を思う。

エロスの宝庫である「トリスタンとイゾルデ」は、女性性の強い(と僕には感じられる)ワーグナーの諸作品にあって「女性なるエネルギー」の一層濃く強い作品だ。そして、その物語はあくまで「和合」が主題である。

カルロス・クライバーがバイロイト音楽祭に登場し、「トリスタンとイゾルデ」を振ったのはわずか3年間。そのうち、1975年の舞台は、他の年のものと比較し(そして、有名なグラモフォンのスタジオ録音盤とも比べ)、どこか冷めた、死の匂いが強調された、主観的なようでとても客観的な演奏であった。果たしてもう少し、熱狂やエロスや、生と同義の死というものを強調するような演奏にどうしてならなかったのか?その翌年の、抜粋ではあるが、強烈な第1幕前奏曲と「イゾルデの愛の死」を聴くにつけ、イゾルデ役のカタリーナ・リゲンツァの歌唱を含めどうにも物足りなさを僕は感じるのである。

アンサンブル・カルペ・ディエムによる室内楽編成の「トリスタン・イズー物語」が素晴らしい。長大な物語が50数分にまとめられ、しかもイゾルデのパートのみ原語による歌唱で、トリスタンを含めた登場人物の歌はすべてフランス語の台詞によって構成される。
このあまりに色香と死の匂いが強調された音楽の流れや編成は、どこかモーリス・ベジャールの影響を受けているようで、かつてアーノルト・シェーンベルクが主宰した「私的演奏協会」のための再創造物ではないのかと思わせるほどの世紀末的退廃感にも溢れるものだ。

「トリスタンとイズー物語」(室内楽編成による「トリスタンとイゾルデ」)
・ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」(ジャン=ピエール・アルノーによる独唱と室内楽編成のための編曲版)
ランベール・ウィルソン(語り)
クリスティーネ・シュヴェツェール(ソプラノ)
アンサンブル・カルペ・ディエム
カトリーヌ・モンティエ(ヴァイオリン)
クイルシトフ・ゴーグ(ヴィオラ)
エリック=マリア・クチュリエ(チェロ)
イーゴリ・ボラニアン(コントラバス)
ダーフィト・ロートフート(ハープ)
マリーヌ・ペレス(フルート)
ジャン=ピエール・アルノー(オーボエ/コーラングレ)
ジャン=ベルナール・ボーシャン(トランペット)
フィリップ・ブレアス(ホルン)
ニコラ・マルティンチョフ(ティンパニ)(2006.12.6-7&2011.6.8録音・編集)

この編曲版で重点が置かれているのは第2幕だろう(もちろん第3幕前奏曲のコーラングレの儚い響きも最高だが)。「光」と題される、トリスタンとイズーが媚薬によって恋に落ちる対話の美しさ。

あなたはわたしのもの?
―また会えるとは!
そちらに行ってもいい?
―信じられるだろうか!
ついに、ついに!
―さあ、ぼくの胸に!
感じる、ああ、ほんとうにあなたなのね?
―きみなのだな、ぼくの目の前にいるのは?
(台本編纂:ヴァンサン・フィギュリ/日本語試訳:白沢達生)

そして、それ以上に、続く「夢」(「ヴェーゼンドンク歌曲集」とオーバーラップする)と題されるトリスタンとイズーが一体化する刹那の恍惚感。

ああ、降りてきて、いまここに―夜よ、愛の夜よ、
忘れさせて、わたしがいま生きている人生を
わたしを連れ去って―おまえの夜の城へ、現実の世界からわたしを奪い去るがいい!
―残っていた光も消えていった・・・
(同上)

さらに「警告」から「再生」に至る部分はこの物語のクライマックスを形成する。

イズー演ずるクリスティーネ・シュヴェツェールの歌は素晴らしいが、それ以上にランバート・ウィルソンの語りが秀逸。
一方で、室内楽編成によって重厚な低音がスポイルされてしまい、繰り返し聴くたびにその高音に疲れを覚え、軸足の安定しない音の流れが気になる。
逆に、この編曲によってワーグナーの原曲そのものの質の高さが一層明白になるのも確か。
実際の舞台に触れるとまた印象は異なるのだろうけれど・・・。

 

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