ファウスト、ズヴァールト&メルニコフによるブラームス「ホルン三重奏曲」ほかを聴いて思ふ

brahms_horn_trio_faust_zwart_melnikov038ジークフリートの角笛の勇猛な雄叫びを思った。
元帥夫人とオクタヴィアンの戯れにおいてもホルンの圧倒的な存在感がものをいう。ホルンという楽器は男性性の象徴だそうだ。
そういえば、ブラームスは交響曲第1番のフィナーレ序奏で主題をホルンに吹かせているが、この朗々たる旋律は1868年にクララに贈った歌曲の断片である。その際、それにつけられた詩は次の通り。

山の上高く、谷深く、私は1000回もあなたに(お祝いの)挨拶をします。
「作曲家別名曲解説ライブラリー⑦ブラームス」(音楽之友社)P30

言葉の真意はもちろんわからないが、尋常ならざる愛の深さが感じられる。と同時に、この旋律をあえてホルンに与えたこと自体がブラームスの男性としてのクララへの愛の告白だと捉えても良いのでは。ブラームスにとってホルンという楽器は、ひょっとするとワーグナーやリヒャルト・シュトラウス同様に、いや、彼ら以上に重要な楽器だったのかもしれない。

1865年2月、ブラームスは最愛の母を脳溢血により亡くす。2月6日月曜日のクララ宛の手紙には次のようにある。

神様が許すかぎりの穏やかさのうちに母を私どもから召されたことに、どうかあなたも慰められていただきますように。
B・リッツマン編・原田光子編訳「クララ・シューマン/ヨハネス・ブラームス友情の書簡」(みすず書房)P147

手紙では母の死の様を克明に描くと同時に、前月に散歩中に道を踏み滑らせて右手を痛め、2月末まで演奏活動ができなかったクララのことを心配する余裕すら伺わせる。

あなたのお手についての私の心配は増すばかりです。ウィーンにいつ帰るかはまだ未定で、まだ2,3日は用事があるでしょう。
~同上書P147-148

ブラームスはやっぱり愛に溢れた人だ。
この2日後(2月8日付)の、クララによる返答の手紙。

あなたがかねて、しばしば恐れていらしたお悲しみに逢う時が、とうとうまいりましたのね。私がどんなに悲嘆にくれたかおわかりになるでしょう。心の欲するままにできたら、すぐにもあなたのおそばに飛んでいきたい。このような折にあなたのそばでお慰めできないのは苦しいことです。
~同上書P148

母への痛切な想いとクララへの深い想いが錯綜する。絆の喪失感を癒すためと、新たな愛の絆をより深く確認するためにだろうか、同じ年、ブラームスは男性性の楽器であるホルンをメインにした三重奏曲を作曲した。しかも、当時から一般的だったヴァルヴ・ホルンではなくあえて古のナチュラル・ホルンを指定した(音色の変化が豊かな自然音を発するこちらの方が、自身の感情をより一層「自然に」表現できると彼は考えたのか・・・)。

ブラームス:
・ホルン三重奏曲変ホ長調作品40
・ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調作品78
・7つの幻想曲作品116
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
トゥーニス・ファン・デア・ズヴァールト(ナチュラル・ホルン)
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)(2007.6録音)

3人が融け合う。トリオの妙味は、デュオでは拮抗しがちな奏者の個性や主張が自ずと和する点だ。なるほど、ナチュラル・ホルンであればこその優しくも柔らかい音色が全編を通じて踊る。フォルテの慟哭も、ピアノの囁きも、どんな音調においても和が乱れることはなく・・・。第3楽章アダージョ・メストのエレジーは決して諦念から生まれたものでなく、むしろ希望の音楽だとズヴァールトのホルンを聴いて僕は思った。終楽章アレグロ・コン・ブリオはクララへのラブレター。

ト長調ソナタにおけるファウストのヴァイオリンとメルニコフのピアノによる対話は、まるでヨハネスとクララの充実した愛の交歓だ。第2楽章アダージョの祈りに満ちた音楽が、寄せては引き引いては寄せる波の如く揺れ、実に美しい。ここはファウストとメルニコフの真骨頂。

そして晩年の、ピアノによる孤高の世界の入口となった作品116は、ブラームス自身が「苦悩の子守歌」と呼んだ通り、重く激しいニ短調のカプリッチョで幕を開ける。メルニコフの何という激情。続くイ短調インテルメッツォの不穏な静けさこそ自身を癒すための「子守唄」のようだ。ここでのメルニコフのピアノは内向きに激しい(何という哀しみ!)。そして、第3曲ト短調カプリッチョにおいて、メルニコフは鬱積が弾け解放される様を描く(ほとんど孤独な男泣きの世界)。第4曲ホ長調インテルメッツォ、第5曲ホ短調インテルメッツォには、失った愛する人に向けてのお別れの言葉が静かに刻まれる。

 

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