ネーメ・ヤルヴィ指揮ロンドン響のブラームス/シェーンベルク四重奏曲作品25を聴いて思ふ

brahms_schoenberg_jarviパラダイム・シフト。
発想の180度の転換により古いものが新しいものにとって代わる。

アーノルト・シェーンベルクは1937年、尊敬するヨハネス・ブラームスのピアノ四重奏曲ト短調を管弦楽用にアレンジした。元々はオットー・クレンペラーからの打診により始めたものらしいが、音楽そのものはブラームスらしさを損なうものではないものの、音調は明らかにシェーンベルクの新しい作品として生まれ変わっており、ブラームスの交響曲第5番というニックネームがあるものの、やはりこれはシェーンベルクの管弦楽作品であると認識した方が正しいだろう。

おそらくそれはシェーンベルクの、独特の管弦楽法による。
第一に、原曲ではピアノで弾かれる旋律を編曲に際し弦楽器群にあて、弦楽器で奏されるパートを管楽器ほかで表現したこと。さらに、ブラームスが使用しなかった楽器、例えば、大太鼓、スネアドラム、グロッケンシュピールなどが大活躍するのだから、明らかに渋い侘び寂のブラームスの印象とは異なるというもの。

とはいえ、あえてピアノ・パートに弦をあてた、この自由な発想こそがシェーンベルクの天才の発露であり、彼が決して信念を曲げず、常に「自分らしく」あろうと努めた音楽家であったことがこういうところからもよく理解できる。

ブラームス:
・ピアノ四重奏曲第1番ト短調作品25(アーノルト・シェーンベルク編曲)
・ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ作品24(エドマンド・ラッブラ編曲)
ネーメ・ヤルヴィ指揮ロンドン交響楽団(1988.7.11-13&1989.10.13録音)

極めつけは第3楽章アンダンテ・コン・モート!!
クララ・シューマンに捧げられた音楽の、いかにも愛情深き旋律の宝庫。そして、この明るさと朗らかさは、シェーンベルクのオーケストレーションを得て一層輝きを増す。中間部の、行進曲風の音楽から第3部に向かっての精神の解放と安らぎを求める心は、編曲当時亡命先の合衆国で苦労を強いられたシェーンベルクの深層すらも反映しているよう。ヤルヴィの思い入れたっぷりの棒も実に見事だ。

故郷を離れている間に友人と結婚した恋人に、美しい湖のほとりで再開したラインハルトは、過ぎ去った青春が戻らないことを知って去ってゆく―若き日の恋人に寄せる儚い老人の想い・・・。
シュトルム作/高橋義孝訳「みずうみ」(新潮文庫)

彼女はものも言わずにただ頷いた。けれども眼を伏せて、ラインハルトが手に持っているエリカばかりを見つめていた。二人はその姿勢で永いこと立っていた。彼女が眼をあげてラインハルトを見た時、その眼は涙にあふれていた。
「エリーザベト、あの青い山々の後ろにある僕たちの青春、あれはどこへ行ってしまったんだろう」
二人はもう何も話さなかった。黙ったまま並んで湖岸へ下って行った。
~同上書P43

あまりに切ない・・・。まるでブラームスの音楽のよう。そしてまたシェーンベルクは古き良き時代をそのブラームスに投影するのだ。

続くエドマンド・ラッブラのアレンジによる「ヘンデル変奏曲」も1938年という不穏な時代に生まれたもの。こちらもオーケストレーションはブラームス風とはいえず、音調はより明るくエネルギーは外に向く(アリアからトランペット炸裂で実に心地良い)。

 

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