朝比奈隆指揮NHK交響楽団のブルックナー交響曲第9番(2000.5Live)を聴いて思ふ

bruckner_9_asahina_nhkあの日あの時、NHKホールの熱気は凄まじかった。
そして、そこで繰り広げられた演奏も途轍もないものだった。
第2楽章スケルツォの前だったか、あるいは第3楽章アダージョの前だったか、一向に棒を振り下ろさない朝比奈御大に、一瞬記憶を失くされたのか、それとも疲労からなかなか腕を動かすことができないのだろうかなど、心中穏やかでなかったことを思い出す。
実際、カーテンコールもほどほどに、あるいはほどほどどころか一度も舞台に戻られることなく幕が下ろされたのだったか、すべて曖昧なのだが、そんな記憶とともにこのブルックナーは僕の脳裏に刻印される。

朝比奈隆の晩年のブルックナー演奏にはどれも他を冠絶する唯一無二の美しさがあった。
何者にも代え難い気高さといかにも人間らしい温かさ。神を愛したブルックナーの聖なる信仰と、少女に恋した作曲家の俗なる性愛が交差する不思議な音像。
楽譜に刻まれた音のひとつひとつを意味深く捉え、そこに魂を吹き込む朝比奈の妙。
そして、あくまで音楽そのものは自然体だった。

あの巨大なホールの隅々までを包み込むほどの圧倒的な力。
とても齢92の老人の繰り出すものとは思えぬ立派さと、細部までを見通す繊細さ、それはそれは立派なものだった。
もちろんそれは朝比奈の解釈を支えるN響の面々の力量も大きい。
第1楽章コーダの堂々たる風格と、解放され外に拡がりゆく音楽の言い表し難い恍惚。
また、第2楽章スケルツォの地に足の着いた激しい舞踏とトリオの柔らかさの対比。
素晴らしかった。

・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調(オーレル版)
朝比奈隆指揮NHK交響楽団(2000.5.25&26Live)

白眉はやっぱり第3楽章アダージョ。静けさに満ちる弦による主題の絶唱はブルックナーの嘆きの象徴であり、最美。あるいは、その後の金管の咆哮の凄まじさもブルックナーを得意とする朝比奈ならではの音楽。御大は作曲家の男性的な側面を捉え、見事に描き切るのだ。そして何より、消え行こうとする音楽にいつまでも終わってほしくないと思い願わせるコーダ。すべてに朝比奈のブルックナーへの愛が刻まれる。

そう、作為がない。こんなのでいいのかしらん、とこちらが心配するほど作為がない。まあ文学で言えば、意味はわからないけれど聴いてると快い、そういう詩がありますわね。文字を解釈したところでたいした意味はないんだろうけど、詩として自然に耳に入ってくる。音楽というのは、本来そうあるべきなんですね。音楽にいろんな観念がまつわりついているのはおかしいわけで、あの人の音楽は、バッハとかベートーヴェンのように完成されたものから、古典時代の複雑な構成で完成されたものから、もういっぺん、何か原始的な状態に戻ったみたいな音楽ですね。
朝比奈隆「指揮者の仕事―朝比奈隆の交響楽談」(実業之日本社)P140

作為なく、原始的な状態。
赤子のような音楽こそブルックナーの真骨頂。
そして、その無垢な音楽を有機的に響かせる朝比奈芸術の「愚直」と名の付く真髄。
あるいは、終演後の、相変わらずの聴衆の熱狂の凄まじさ・・・。

 

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4 COMMENTS

雅之

朝比奈先生やブルックナーについてはすでに語り尽くされていると思いますので別な観点から・・・(コメント適任者が他に大勢いらっしゃいそうです)。

今さらながら、NHKホールとは不思議な空間ですよね。
クラシック他であれほど伝説の名演の数々が生まれ続け(ブル8だけでも朝比奈先生の他、マタチッチやヨッフムなど)、年末恒例の「N響の第九」と、日本人なら誰もが話題にする国民的視聴行事「紅白歌合戦」が行われ、本来なら旧国立競技場のように「聖地」と呼ばれても不思議ではないのに、ほとんど誰からも愛されない単なる音響効果の良くない多目的大ホール(その点、東京文化会館は確実に「聖地」でしょう。「普門館」は少なくとも吹奏楽では「聖地」でした)。

不思議ですね~。

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neoros2019

先日の直近のブルックナー鑑賞会の集まりで、聴いたのがシカゴ公演の9番でした。
この実演を聴いた主催者の方が、この実演の2日後かシカゴのCDショップで当該海賊盤CDが売られていたものを手に入れてお持ち頂いた。
技術水準でいえば名実ともに世界の最頂点といわれる手練れの集団であるシカゴ響の9番なので
アンサンブルや各楽器の音量バランスなど何処にも瑕疵はあるはずもなく、2000年のN響盤に近い解釈が展開される。
いかんせん施設に設置されているオーディオ装置の音がいまいち不明瞭・不鮮明で、N響盤との比較は一概に出来ないが、朝比奈さんにしかやれないブルックナー演奏が展開される。
いろんなところにカルロス・クライバーがこのシカゴを客演した情報が載っているが、陽の目を見る話しは露ほどもないようです。
よって朝比奈さんのこのシカゴ公演の5番と9番もオカモトさんや私が生きている間に表に出てくる
可能性はかなり低いような気がします。(既発の5番のDVDは音質が今一つとのこと)
クライバーはともかく朝比奈さんのこの公演記録は、なんとか間違ってでも正規収録の実況盤として
陽の目をみることを切に願います。

返信する
岡本 浩和

>neoros2019様
シカゴ響との5番のDVDは所有しておりますが、長らく観ておりませんので音質がいまひとつだったかどうか記憶が定かでないのですが、あれも間違いなく名演奏でしたね。9番もあるならぜひ聴いてみたいところです。

>朝比奈さんのこの公演記録は、なんとか間違ってでも正規収録の実況盤として陽の目をみることを切に願います。

同感です。
ありがとうございます。

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