プラッソン指揮トゥールーズ・カピトール国立管のグノー歌劇「ファウスト」(1991.2録音)を聴いて思ふ

gounod_faust_plasson454一時の甘美さに酔い痴れるのも良し。
一時の幻想に溺れるのも良し。
たとえそれがゲームというものであったとしても、恋愛とは大なり小なりそういうものだ。
シャルル・グノーの音楽は絢爛豪華で円やかで、どの瞬間も美しい。
とはいえ、その根底に流れる心は素朴で決して飾らないもの。
大衆の期待に応えるべく彼は音楽を創造した。

ところで、グノーと言えば、一般的にはバッハのハ長調の前奏曲を伴奏に編まれた「アヴェ・マリア」が有名だが、あれはそもそもファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルのアイデアであったという説がある。

(1840年5月31日日曜日の)晩は会場が大広間に移され、演奏会が続けられた。シャルロッテ、ブスケ、そしてグノーがファニーを取り囲むようにすぐそばに陣取り、J.S.バッハのプレリュードやアダージョなどにじっくりと聴き入った。これはファニーにとって忘れることのできない一時間だった。晩餐後、バルコニーの外にはたくさんの蛍が飛び交い、満天の星空の下にローマの美しい夜景が広がっていた。それを眺める者たちの心の中には喜びと悲しみが交錯していた。
ファニーはローマを発つ前日の6月1日月曜日の日記の最後にこう記している。

私はどんな時間によっても色褪せることのない、永遠の、移り行かない映像を魂に刻み込んだ。おお神よ、あなたに感謝します。
山下剛著「もう一人のメンデルスゾーン―ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯」(未知谷)P159

ローマ旅行中のファニーの、彼の地での様々な体験にまつわる筆舌に尽くし難い想いが伝わる。グノーら若き音楽家との出逢いについても相当の刺激を受けたのだと思われる。また一方、グノー自身もファニーのピアノにインスパイアされ、あの天下の愛唱曲を生み出したのだ。

1841年5月にヘンゼル家を訪ねてきたブスケに続いて、1843年4月末にはグノーがベルリンにやってきて、5月15日まで滞在する。グノーは2年間のローマ滞在を終え、1年間のヨーロッパ旅行を行っている途上だった。グノーはヘンゼル一家に会うためだけにわざわざベルリンにやってきたのである。事実、彼はどんなに勧められてもベルリンの町を見物しようとせず、ひたすらヘンゼル一家にやってきては、ファニーの演奏に耳を傾けるのだった。グノーは、ローマにいた時と比べ見違えるほど大人になっていた。彼は音楽だけでなく、言語の習得にも並外れた才能を示した。彼は今ではドイツ語の文学を読み、正確に理解することができるようになっていた。グノーはたいてい昼にファニーの許を訪れ、午後を二人きりで過した。ファニーはグノーのためにたくさんピアノを弾き、音楽について時の経つのを忘れて語り合った。
~同上書P175

1843年のグノーの、この時の体験が将来の歌劇「ファウスト」誕生につながったことは間違いなかろう。ゲーテ畢生の大作―巨匠がいったい何を表現しようとしたのか、後世の学者たちがこぞって悩むあの名作を、ファウストとマルガリーテの恋愛物語に仕立てた行為は、自らのファニーへの恋い焦がれる心情と尊敬の想いをただただ表わそうとしたものではなかったか。

・グノー:歌劇「ファウスト」
シェリル・ステューダー(マルガリーテ、ソプラノ)
マルティーヌ・マエ(シーベル、メゾソプラノ)
ナディーヌ・ドゥニーゼ(マルテ、メゾソプラノ)
リチャード・リーチ(ファウスト、テノール)
トーマス・ハンプソン(ヴァランタン、バリトン)
マルク・バラール(ワーグナー、バリトン)
ジョセ・ヴァン・ダム(メフィストーフェレ、バス・バリトン)
フランス陸軍合唱団
トゥールーズ・カピトール合唱団
ミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団(1991.2録音)

思いのこもった、第1幕序奏の暗く重い音調に続き現れる清澄で美しい旋律に感動。
どの幕のどの部分も歌に溢れ、あらゆる感情が音楽によって見事に紡がれる。プラッソンの誠実な音楽作りの妙。
特に、第5幕の、メフィストーフェレとファウスト、そしてマルガリーテの三重唱からマルガリーテの昇天に至る音楽のあまりの美しさ。

ファウスト:
私に従って さあ そうして欲しいのだ!
さあ!この場所を去るんだ!
もう空が輝いている!
行こう これはあなたへの命令だ!
もう空が輝いている!

メフィストーフェレ:
急いでこの場所を立ち去りましょう!
もう空が輝いている!
われらに付いてきなされ さもなくば見捨てることになりますぞ!
急いでこの場所を立ち去りましょう!

マルグリート:
清らかに輝く天使たちよ
天国に私の魂を運んでおくれ!
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

ファウストが祈り、メフィストーフェレが倒されるうち、マルガリーテは天に召される。マルグリートの耳にはファウスト、メフィストーフェレどちらの声も入らないところがミソ。
ちなみに、余白にはグノーが作品に手を入れる過程で削除した歌やバレエ音楽が収録されている。すべてが美しい。

 

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2 COMMENTS

雅之

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの恋愛観がどうだったかが非常に気になりますね。弟へのタブーな近親愛も含め、進んでいたのか、旺盛だったのかとか・・・。

>たとえそれがゲームというものであったとしても、恋愛とは大なり小なりそういうものだ。

最近読んで面白かった本です。

「性の進化論――女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?」 クリストファー・ライアン (著), カシルダ・ジェタ (著), 山本 規雄 (翻訳)  作品社

http://www.amazon.co.jp/%E6%80%A7%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E2%80%95%E2%80%95%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%AA%E3%81%9C%E9%9C%8A%E9%95%B7%E9%A1%9E%E3%81%AB%E3%81%A0%E3%81%91%E7%99%BA%E9%81%94%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8B-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3/dp/4861824958/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1456256311&sr=1-1&keywords=%E6%80%A7%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96

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岡本 浩和

>雅之様

>ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの恋愛観がどうだったかが非常に気になりますね。

はい、同感です。
文献が少ないので、想像するしかないのですが、クララ&ブラームスのパターンとは異なるにせよ、ファニー&グノーの場合も(少なくともグノー側には)何かしらの恋愛感情に近いものがあったのではと思わずにはいられません。そういう側面からグノーの作品を聴くと面白いですね。

ご紹介の本、読んでみます。
ありがとうございます。

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