残されたすべての演奏を具に比較したわけではないが、この演奏は動的かつ劇的だ。
何より金管群の、時に下品なほどの咆哮は、若きブルックナーの意気込みをそのまま映し出すかのよう。
この作品を、朝比奈隆は生涯においてこの時期にしか舞台にかけなかった。
これほどに充実した響きを持つ、おそらく他の誰もが到達し得ようのない演奏であるにもかかわらず、結局彼は封印した。
僕としては、やはり実演を聴いてみたかった。
1、2、3は、そう言ってよければ初期で、シンフォニーの作曲家として、あの人スラッと書いたんじゃないと思うんです。そうすると愚直さでやらなきゃならないわけですよ。スラッと聴こえるようにしようと思うと、作品に手を加えなければならないことになりますから、たどたどしいところはたどたどしく演奏しなけりゃいけない。私の懇意なドイツの音楽家で、初期の3曲しか好きじゃないという人がいますよ。それは、初期の、たどたどしいけれども純粋で、一つの音を大切にして展開していくところが好きなんだと。
~朝比奈隆「指揮者の仕事―朝比奈隆の交響楽談」(実業之日本社)P163
1981年の「ブルックナーの世界」と題するインタビュー。
「たどたどしいけれども純粋で」という表現が的を射る。
作為なく、思考や感情がそのまま音に乗って展開されるところが素晴らしいのである。ただし、ここには第0番ニ短調に関しての言及はないが、この曲が第1番ハ短調よりも後に作曲されたことを考慮すると、第0番についてもこの言葉をそのまま当てても良いように思う。
そう、作為がない。こんなのでいいのかしらん、とこちらが心配するほど作為がない。まあ文学で言えば、意味はわからないけれど聴いてると快い、そういう詩がありますわね。文字を解釈したところでたいした意味はないんだろうけど、詩として自然に耳に入ってくる。音楽というのは、本来そうあるべきなんですね。音楽にいろんな観念がまつわりついているのはおかしいわけで、あの人の音楽は、バッハとかベートーヴェンのように完成されたものから、古典時代の複雑な構成で完成されたものから、もういっぺん、何か原始的な状態に戻ったみたいな音楽ですね。
~同上書P140
さすがに朝比奈隆はその音楽を自分のものにしているだけあり、うまいことを仰る。
この鮮烈で原始的な音をいかに自然体で表現できるかがブルックナー演奏の大いなる鍵なんだと思う。
ブルックナー:
・交響曲第0番ニ短調(1981.10.8Live)
・序曲ト短調(1989.2.17Live)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団
朝比奈協会の非売品頒布CD。
さすがに手兵大阪フィルとのライブだけあり、後の都響とのもの(1982.5.12Live)や札響とのもの(1982.5.21Live)に比較して余裕があり、熱量が半端でない。
第2楽章アンダンテの夢見る美しさに、後の彼の緩徐楽章にはない若々しさを思う。ここでの朝比奈の棒は力が抜け、ブルックナーの世界の本質だけが見事に音化される。
白眉は終楽章!何よりその音楽の開放性と神秘性。そして、静と動、フレーズの見事な対比に拍手喝采。
同様に、滅多に演奏されることのなかったト短調序曲の光輝。初期の習作とはいえ、朝比奈隆が指揮をすると、その圧倒的音の洪水と一音一音に刻印される魂の響きにアントン・ブルックナーの天才が垣間見える。
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「交響曲第0番」というのは、ブルックナーのユーモア溢れる秀逸な命名ですが、ゼロも数学的には単に通過点のひとつです。
「交響曲マイナス第1番」「交響曲マイナス第2番」・・・・、という命名で作曲した作曲家はどこかにいるのかなあと、ふと思い付きました。
何でそんなバカげたことを考えたか、もう少しだけつまらん蛇足にお付き合いを。
① 目下我が国では、マイナス金利をポジティブな景気対策にしようと試みていること。
② たとえば1962年生まれの私が、1952年に録音されたり作曲された音楽を聴いたり書かれた本を読むという行為はマイナス10歳を、1942年に録音されたり作曲された音楽を聴いたり書かれた本を読むという行為はマイナス20歳を疑似体験していると解釈できるのではないかと思ったこと。
つまり、人はマイナスの体験をプラスに活用しているではないかと・・・、やっぱりくだらんコメントでしたね。すみませんでした。
>雅之様
決してくだらんコメントではございません。実に深いです。
番号を持たないヘ短調の習作交響曲を、誰か知りませんがマイナス1番などと通称をつけている輩がいるそうですが・・・。
あくまでそれは笑い話でありまして、残された芸術というのはどんなものでも、おっしゃるようにマイナス〇△歳の疑似体験なんだと思いました。
人間の意識は時空を超えますね。
[…] 70年代末から80年代初頭の時期に限られたもので、すべてが録音に残され(うち1種はプライヴェート盤)、それぞれが大変貴重なものである。いずれも熱気に満ち、朝比奈のブルックナ […]