ザルツブルク音楽祭「ウィーン・フィルハーモニーと指揮者たち」(1937-94)を聴いて思ふ

冒頭の3つの和音の衝撃。
重苦しくも意味深い序奏から、光明射す主部の溌剌とした勢いにアルトゥーロ・トスカニーニの、曖昧でない、強固な愛の意思に唸る。何より古い録音を超え。鬼気迫るティンパニの轟音。

例の、ザルツブルクの街中でフルトヴェングラーと鉢合わせになり、口論になったという逸話の残る1937年の音楽祭での貴重な記録。全曲の評番は決して良いものではなかったようだが、少なくとも序曲を聴く限り、モーツァルトの音楽を超えた、いかにもトスカニーニらしい灼熱の凄演。

続いて、1950年は、ブルーノ・ワルター指揮によるマーラーの交響曲第4番終楽章。ここでのソプラノ独唱はイルムガルト・ゼーフリートが務めるが、情感こもる歌とウィーン・フィルの奏でる管弦楽の響きが見事にマッチし、(もし全曲を聴いたなら)ワルターの残した4番の中でも極上の出来を示すように思われる。

そして、フルトヴェングラーによるメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」(1951年)。いつものように深遠な、魔性の表現は、やはりメンデルスゾーンの枠をはみ出すが、言葉にならない音楽のうねりと熱狂が素晴らしい。

ザルツブルク音楽祭75周年記念
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と指揮者たち
・モーツァルト:歌劇「魔笛」K.620~序曲
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮(1937.7.30Live)
・マーラー:交響曲第4番ト長調から第4楽章
イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
ブルーノ・ワルター指揮(1950.8.24Live)
・メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮(1951.8.19Live)
・ブラームス:アルト・ラプソディ作品53
クリスタ・ルートヴィヒ(アルト)
ウィーン国立歌劇場合唱団
カール・ベーム指揮(1979.8.15Live)
・ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮(1968.8.25Live)
・ロッシーニ:歌劇「ランスへの旅、または黄金の百合咲く宿」~序曲
リッカルド・ムーティ指揮(1992.8.3Live)
・マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」~第2楽章スケルツォ
ロリン・マゼール指揮(1993.7.24Live)
・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ピエール・ブーレーズ指揮(1994.8.27Live)

極めつけは、死の2年前のベームの紡ぎ出すブラームスの意味深さ。アルト独唱のルートヴィヒの歌が深沈と迫る。想いの入れようは実演ならではで、同メンバーでの3年前のセッション録音に比較して(往年の激しさはないもののいかにも実演の人ベームらしく)音楽が一層生き生きとする。合唱が入り、長調に転じてからの解放感が素晴らしい。

さらに、カラヤンの「美しく青きドナウ」は、実に流麗かつスマートな演奏で、美しい。決して外面的に陥らない高貴さ。

以降、優雅で明快なムーティのロッシーニ、劇的、鮮烈なマゼールのマーラーと続き、最後はブーレーズによる「牧神の午後への前奏曲」。ドビュッシーの妖艶さは後退するも、いかにも知性溢れる、とても説得力を持って紡がれる指揮者の魔法。これはとても価値ある逸品。

 

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