アバド指揮ベルリン・フィルのムソルグスキー歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」(1993.11録音)を聴いて思ふ

mussorgsky_boris_godunov_abbado_1993479我が生に
終わりなし
我が死に
始まりなし
死こそ生なり
「展覧会の絵」VICP-23104「キエフの大門」(グレッグ・レイク詞/川原真理子訳)

アナウンスと聴衆の絶叫に続きキース・エマーソンのキーボードによって奏される「プロムナード」の荘厳な響き。当時の大衆を興奮の坩堝に巻き込んだであろう斬新なアレンジに、初めて聴いた当時、僕は原曲のもつ「幅広い可能性」に感動した。
この新しいロック音楽は、作曲から100年の時を経て進化し、またその進化から45年余りを経た現在もまったく廃れることがない。
モデスト・ムソルグスキーは天才だ。

オリヴィエ・メシアンは語る。

共通の美学もなければ、その前後に美学の運動の類があった訳でもなく、各自は己の道を歩んだが、一方で「五人組」には共通な要素があった―ロシアの民謡を再び生き返らせ、民謡によってロシアの国土を賞揚することだ。彼らは実際にその目標を追い求めた。ボロディンしかり、バラキレフ、リムスキー=コルサコフ、その他の者も。彼らの中で天才といえば、もちろんムソルグスキーだ。
アルムート・レスラー著/吉田幸弘訳「メシアン―創造のクレド 信仰・希望・愛」(春秋社)P136

普遍的なのである。その音楽は祖国の土に根ざしたものであるにもかかわらず、時間と空間を超えるが如し。何度も言おう・・・、天才だ。

あるいは、吉松隆は語る。

ショパンは自分の音楽を完璧に譜面に記述して、だれでも再現できるショパンを後世に残すことに成功した。“だからこそ”天才。一方、ムソルグスキーっていうのは思いついた独創的な音楽を、独創的な故に自分で客観化することができなかった。“にもかかわらず”天才。
「西村朗と吉松隆のクラシック大作曲家診断」(学研プラス)

ムソルグスキーは自身すら見失うほど超越していたということだ。だからこそジャンルを超え、国境を越え、時代を超え、誰をも感動させる音楽を創造することができたのである。
メシアンはまた、次のようにも言う。

そして最後に、あの偉大で、誠に例外的といえる歌劇の傑作群―「ペレアスとメリザンド」、「ヴォツェック」、「ボリス・ゴドゥノフ」、おそらくこの3つは、あらゆる作品の中で最も愛すべきものだろう。あらゆる音楽の中で最も独創的な着想は、こうした作品に見出せるものだと思う。
アルムート・レスラー著/吉田幸弘訳「メシアン―創造のクレド 信仰・希望・愛」(春秋社)P93

いずれも傑作歌劇だが、中でも「ボリス・ゴドゥノフ」は真に素晴らしい。

・ムソルグスキー:歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」(1872年原典版)
アナトーリ・コチュルガ(ボリス・ゴドゥノフ、バス)
リリアーナ・ニチテアヌー(皇子フョードル、メゾソプラノ)
ヴァレンティーナ・ヴァレンテ(皇女クセーニャ、ソプラノ)
フィリップ・ラングリッジ(シュイスキー公爵、テノール)
サミュエル・レイミー(老僧ピーメン、バス)
セルゲイ・ラーリン(若き僧グリゴーリィ、テノール)
マリヤナ・リポヴシェク(マリーナ、メゾソプラノ)
セルゲイ・レイフェルクス(ランゴーニ、バス)
グレプ・ニコルスキー(ヴァルラーム、バス)
ヘルムート・ヴィルトハーバー(ミサイール、テノール)
エレーナ・ザレンパ(居酒屋女将、メゾソプラノ)、ほか
スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団
ベルリン放送合唱団
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1993.11.7-30録音)

実演であれ映像であれ、「ボリス」は舞台そのものを観なければその真髄には触れ得ない歌劇である。しかしながら、こうやって音だけで感知することでこの音楽の持つ魔性が一層わかるというもの。そして、この粗削りな音楽が、実に洗練されて聴こえるのはベルリン・フィルの力量か。それでいて真実を内に秘めた、魂にまで届く暗い神秘性こそアバドの真骨頂。人間の愚かさよ。
3時間20分ほどの長丁場を制し、終幕最後の聖愚者の嘆きの歌「流れ出よ、流れ出よ、血の涙よ」に辿りついた時、音楽のあまりに静かに消えゆく様に涙が止まらぬほど。

流れ出よ、流れ出よ、血の涙よ
泣き叫べ、泣き叫べ、正教徒の魂よ!
まもなく敵がやって来て、闇が訪れるだろう!
暗い、何ひとつ見えない闇が!
悲しみ、ロシアの悲しみ!
泣き叫べ、泣き叫べ、ロシアの民よ、飢えに苦しむ人々よ!
アッティラ・チャンパイ&ティートマル・ホラント編/小山内邦子・園部四郎訳「名作オペラブックス24 ボリス・ゴドゥノフ」(音楽之友社)

グレッグ・レイクの「キエフの大門」の詩と連関する闇の中の光。
嗚呼、疲れた。(笑)

 

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4 COMMENTS

1994年秋のウィーン国立歌劇場日本公演、「ボリス」!ぶっ飛びました。
その日、ロマネ・コンティを開けてしまいました。(美味!!)
他の演目、「フィガロ」、「こうもり」、そしてあの「薔薇の騎士」、どれも素晴らしかったですが、「ボリス」の衝撃がいまだに忘れられません。
そして、舞台上の紛争が、現在もまだ・・・。時々、TVで、かの地での紛争のニュースを観ると、あの日の舞台を思い出します。

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岡本 浩和

>司様

あの年のウィーン国立歌劇場の公演のすべてを観られているのですね!!
羨ましい限りです。
「ばらの騎士」もそうですが、「ボリス」も今や伝説ですよね・・・。

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